仕事も終わってせっかくの金曜日と言う事だしちょっと一杯(五、六杯)引っ掛けて帰るとするか。
そうだ、この前昼に天丼を食った店に行ってみよう。なかなか美味しかったしつまみも充実していそうだ。それより何が良いかというとそこは夜一人で寂しくちびちび(がぶがぶ)飲むのにはうってつけという雰囲気を昼間から醸し出していたのである。
店に着いてまず外から覗き込む。
どの様な奴らが中に息をひそめているのか?
初 めての店に一人で入る場合はまず偵察をする。若者が群れてどんちゃん騒ぎをしている様な店は駄目だ。カップルが寄り添いながら成就しないであろう愛を語り 合っている様な店も駄目。愚痴をこぼすサラリーマンが五、六人。そしと変なジジイが一人、マックス三人くらいがちょうど良い。
だがこの前みたいにずっと自分の携帯で撮影したエロビデオを見せてくる様なジジイはアウトだ。
むろん、窓に曇りガラスを入れている店は論外である。やくざのベンツか。そんなに外からちらっとのぞかれるのが嫌なのか?それとも中の客が外を見るのが嫌なのか。
そういう店には何か変なモットーでもあるのかと思う。
人間観察駄目?
景色堪能禁止?
外界接触厳禁?
麻婆拉麺大盛?
ああいう店は何を隠す必要があるのだ。中で違法賭博でもやっているのではないかと考えると恐ろしくて入れたもんじゃない。ドアをあけた瞬間
『さー旦那、張った張った!』
『え、あの。生一つ。。。』
『生?丁か半かどっちでえ!さあ張っちゃいけねえ親父の頭、張らなきゃ食えねえ提灯屋!』
『いや、張った張った、言われても切手張った事くらいしか。。。』
『その通り!切った張ったの世界だよ旦那。さあ勝てば天国負ければ地獄、張らなきゃ三途の川にダイビングでい!』
こんなファックな場面に遭遇したらビビってチビってしまう。
その点この店は良い。外からの偵察でもわかったが中には酔った中年サラリーマンとババアが一人ずつ。
素晴らしい。
私の目は節穴では無かった。
早速カウンターに陣取って日本酒と、とりあえず鯵の刺身と天ぷらの盛り合わせを頼む。酒が出て来て一息つこうと思うと隣のババアが急に前を見ながら
『あたしゃせっかくこの店に来たんだからこの店の物を食べるよ。』
ババア惚けてんのか?せっかくだからこの店の物を食べるとは何をほざいておる。俺がモスバーガーでも頼んだのならそういわれても仕方ない。だがこの店のお品書きに書いてある料理を頼んだんだぞ。それのどこがこの店の料理じゃない?
まあ良いだろう。こういう訳のわからん事を言うババアを肴に一杯飲むというのも中々オツなもんである。
寛大なる精神で無礼を詫びよう。
そうこうしているうちに天ぷらの盛り合わせが出てくる。
あれ?天ぷらが先に出て来ちゃった。ん~。マイナス三十点。普通刺身が先だろうに。刺身で一杯やって食べ終わる頃に天ぷらを頂くという私の練り上げた壮大なる計画が音を立てて崩れ去っていく。まあしょうがない。お刺身を先にと言わなかった俺にも非がある。
寛大なる精神で無礼を詫びよう。
天ぷらをつまみながら飲んでいると店の入り口のドアが開いた。
どれどれ、俺のように一人寂しく晩酌をする同類でも来たか?
違う。
板前の服を着た男だ。手には布巾を被せた皿を持っている。店に入ってくるなり天ぷらを揚げていた親父がそそくさとその板前に寄って行き皿を受け取る。カウンター内に戻ると皿の上の布巾を取り私の前に来て
『はい、鯵のお刺身。』
は?
何が『はい、鯵のお刺身』だ。それより言う事があるだろうに。
なぜ刺身が外から来る?なぜ鯵の刺身がデリバリーされる。
ドミノピザが業務拡大を計り刺身の配達まで始めたのか?ならば今はピザのトッピングにカンパチや小肌があるのか?
でもピザを焼く前に乗せてしまったら火が通って焼けてしまうだろうに。なら焼いてから乗せて配達するのか?