クラスノヤルスクを10時半発。

町から幹線道路に抜けるのに大いに手間取る。

これだから街は。プンプン。


クラスノヤルスクからノボシビルスクへの道はすこぶる快走です。


夕方、池で釣りしてる人いたので、自分も混ぜてもらおうと池へ。

フナっぽいのが釣れてるみたいでした。

彼曰く犬の餌だと。

彼はもう竿納めようとしてたので釣りはおあづけ。

カフェに行こうと誘われるままに近くのカフェへ。

シャシリク(羊肉)サラダ キノコスープ、ケーキ

ゴチになっちゃいました。

釣人のおっさん、ありがとう。


もう暗く、宿探しめんどいなーといつもの物草テンコが顔出し始めた頃

村発見。

「あの、ここら辺に宿ありませんか?」←絶対ない明らかに。

おじさん「こんな鄙びた村に宿なんてあるわけなし、うちに来い!!」


ありがたし・・・ てか、自分あつかまし・・・


おじさん、よく見たら体中傷跡だらけで、もしかマフィア系のやばい人

か・・と恐れおののく。

離れに案内された後、ティータイム。

ロシア語会話なので、内容は若干不正確ですが

会話は以下

「家族はいらっしゃるのですか?」

「火事ですべて失ったよ」

「・・・・」

「仕事は?」

「畑と熊撃つ」

「昔、パラシュート部隊に所属しておりアフガニスタンにも参戦していた」

とのこと

体の傷はそんときのか。マフィアと勘違いしてごめんなさい。 

白樺ジュースなんぞ、いただきゼンマイ(山菜)の塩漬なんぞも

いただく。

ほんまにロシアの人は優しくて親切。

アフガンで戦ったときのバッジと熊の爪でつくった首飾り

までいただいてしまった!!!


ありがとうございました。

12時頃就寝

走行距離503km


朝五時半起床。泊まってた宿のシステムが一時間ステイ30P(120円)みたいな感じだったので早々に退散。早くクラスノヤルスク(BIG CITY)に着いてブログ更新したいねん。


ダート、アスファルトの繰り返しを延々とひた走ります。宿で同部屋だった車の運ちゃんと抜きつ抜かれつ共に走ります。途中の熊さん  


最近不安だったんですが、雨の日走行はタイヤの磨り減りが以上に早いようで・・・

見てみたら結構やばめ。


ノボシビルスクにバイクの店あるらしいのでそこまで持てばなーと。

不安を抱えながらの走行はなんも楽しくありません。

石の如く耐え、たまに青看の距離見て萎えるの繰り返し。

毎日、京都から東京まで走ってるようなもんだもんなー。けっこうしんどい系。


18:00クラスノヤルスク入り。

スイス人チャリダーお勧めの宿『ドゥボル』(ミラー通81)

ドミで300P(1200円) 悪くない


早速ネットカフェ探し。やっとこ探し当てた末に日本語見れない・・・

激萎え、飯食う気力なくし、ジュースのみで就寝。


なんだかんだブログで皆からのコメント見たりするのが寂しいときの自分の心の支え。

自分の心、弱いっすから。


本日の走行距離487km

6月27日お尻も痛いし、またーりイルクーツク市内観光をする。この町『シベリアのパリ』

と呼ばれてますが・・・・???て感じです、自分的に。


6月28日早々にイルクーツク退散しようと早起きしたらドシャブリ

仕方ない、早く次の町行きたいねん。

道に軽く迷いつつクラスノヤルスクの幹線道路へ。

溢れてます・・・http://p.cotan.jp/photos/791/l/1120893153de32001f.jpg

今日は長距離ライダーとの出会いが沢山ありました。


とあるカフェを通り過ぎようとしたところ、明らかに大きな荷物を積み込み

漲ったバイクが二台停車してますhttp://p.cotan.jp/photos/791/l/11208931632d01f623.jpg

もちカフェ行きます。

一人はBMWに乗るオランダ人ライダーhttp://p.cotan.jp/photos/791/l/1120893173430174f9.jpg これからモンゴルに行き、飛行場で

彼女と合流、モンゴルの草原でデートするそうな。浦山氏


もう二人はご夫婦(63歳、60歳)でチェコスロバキアから来たとのこと。

川崎のバイクにサイドカー取り付けての夫婦旅。これから北京まで走り、北京から

今度はパリを目指すそうです・・・


自分もこんな元気でエネルギーに満ちた老後を送りたいって、まだ23歳で老後のこと考える自分あんま好きくない。


今を生きよう、とりあえず。



カフェで旅話に花咲かせた後、それぞれの道に進むべく別れる。

旅人の別れはなんかいいな。東へ西へ、ロマンあるよね。

自称ロマンチストのつぶやき。最近日本語の独り言増えてないか

テンコ君?と自分に問いかけ、自分で答える(笑)


カフェに長居しすぎて大幅タイムオーバー。

外は暗く、ドシャブリ、悪路、靴下ズクズク・・・こんな状態で200km


「なんで、こんなことしてるの自分?」と嫌気さし始めた頃に西から一台のバイクが来る。

お互い停車、挨拶http://p.cotan.jp/photos/791/l/11208939864ca2e48d.jpg 彼はロシア人(23歳)でサンクトペテルブルクからマガダン(カムチャッカの方)

に向かうとのこと。マガダンへの道は激しく悪路らしくまさにクレイジーの極み。

分厚い眼鏡に泥だらけの顔で屈託なく話す彼からは何だかイカ京の香りが感じられて、すごい嬉しかったし、励まされました。

彼は英語話せなかったのでコミュニケートは薄かったけどイカ京同士通じるものは大いにありました。

ありがとう。

彼のおかげで、もう一フンバリ、アルザマイのモーテルに辿り着きました。

モーテルには将来通訳者になりたいという女の子がおり、お喋り。

寝たの二時。

雨の日の悪路は体力の消耗激しいですね、おやすみなさい。


本日の走行距離624km


今日はおもろいエピソード三つほど。


① 朝九時起床。御夫婦は羊の放牧に出かけており

      朝飯を一人いただきました。

   その後、毎朝のルーティンワーク。

 作業も終わるその瞬間、白い紙が鮮血に染まりました。


「あ、アレの日キター!!」


バシシさん(昨年ロシア経由で南アまで走破)

からアドバイス受けてはいましたが、

長距離走行の宿命、そう『痔』です。


ブリザエース愛用中




その後十時半頃、お世話になった御夫婦に見送られ大草原の

小さな家を後にしました。ほんと見渡す限り草原で

周りに建物見えない、最高なとこでした。

モンゴロイド系ブリヤート人の方は日本人

と顔が似ていてなんだかすごく居心地よかったです。


ほんまありがとうございました。



②快走に継ぐ快走でウランウデから100kmくらい走った頃

対向車線に大きな荷物積んだチャリダーが。


もちお互い停車して挨拶。スイス人と1


彼の名前はルーカス

スイスを三月初めに発ち、ウクライナ経由で自転車で

ここまで来たとのこと。

これからモンゴルに行き、十月、大学が始まるのにあわせて

最終地点北京から母国スイスに戻るとのこと。

クレイジー!!!


安宿情報、食物、連絡先など交換して互いの無事を祈りつつ別れました。



目の輝きがマブい23才大学生。負けてらんねー。スイス人と2

ニートだけど。

スイスに行ったらよろしくね。。



③チャリダーからすこぶるエネルギー頂いて快走!!!

と思ったら警察が死角から飛び出してきて停車させらる。


まさか・・・

手には速度計算機74キロて表示されてます。


やっちゃったー・・・

なんか『金、金』言ってます。


ここはもう言葉わからんふりして乗り切ろう。


ヤ ニ パニマーユー パルースキー

(私ロシア語わかんなーい)

連呼連呼連呼


その警官、他の警官と無線で対応を協議。

パトカーやってきてわらわら警官に囲まれる。


もう諦め、罰金甘んじて払おうと

「いくら?」て聞こうとしたら

お偉いさんぽい人がマイヘルメット

指差して俺も一言書きたいとのたまう。

油性マジック差し出して何書かれるか

と覚悟してたら『バイカル警察』と


書きおわるやいなや満足げにイッテヨシと。


その後、自分を停車させた警官が、40キロまでしか

出しちゃいかんとのたまう。


アホか、そんなんで走ってたら進まんわ。と思いつつ

笑顔で「ダー(YES)」


ちょいと遠慮気味に快走続けると視界は開け

バイカル湖キターー!!!バイカル湖


琵琶湖真っ青のデカさです。

地球の淡水の五分の一がバイカル湖

に存在するそうです。驚き


夜九時イルクーツク着

スイス人チャリダーから教わった安宿『ウズーリ』

(長距離バスターミナル近く)に宿泊。

駐車代込み600P(2400円)


さっそく地球の歩き方に書いてるネットカフェへ。

レニーナ通13のインターネットサロン

『ウェブ・ウーゴル』。

全PC日本語使えて大変助かります。

しかも夜11痔まで営業。


宿の近くには24時間営業の大型スーパーありで

食費も浮きます。


では今日はこのへんで。

明日はお尻の休憩日、ブログの更新と市内観光してきます。


本日の走行距離449km



朝八時半起床。朝飯後例のネットカフェへ。


11時半ウランウデに向けて出発。

ホンマは11時出発予定だったんですが

ちょいとイザコザが・・・


イザコザ

チェックアウトしようとした際に

ホテルウーマンがあなたの部屋を確認します

とのたまう。

部屋で冷蔵庫のチェックしだした彼女。

いきなりコニャックと水代100P(400円)

払えと。


ホテルの冷蔵庫のものなんて高くて

使わない主義の自分であり、身に覚えがまったくなし。


ヤー  ニ ズナーユー(俺知らない)

と主張するも

無い物は無いのだからあなたが払うべきだと。


大人気なくマジ切れして

ヤー ムスリム ニ ピーチ アルコールー!!!

(俺ムスリム、酒飲まない!!!)

と吐き捨てるように叫びホテルを後にしました。

実際ムスリムではないのですが・・


ノーと言える日本人になれました自分。。イカ京の正体



11時半ホテル発。昨日飯一緒に食べたチタライダーたちが見送りに

来てくれて60キロほど共に走ってくれました。チタのライダーたち


ほんまにありがとうございました。


道中、牛に道塞がれたりもしましたが牛が。。。


基本快走。


途中でユコス社直営と思われるガソスタで給油ユコス


ユコス

日本でもよくニュースにでてた新興財閥ユコス社

エネルギー産業の国有化強化をはかるためか

ボコボコに殺られちゃってる企業。

ガンバレー


ウランウデまであと百キロ(ホシュンーウズール)付近

しかし時計は夜十時近く日は暮れかけ。

このまま町に入り宿探すのしんどいなー。野宿しよっかなー

と思ってる頃はるか向こうに羊の群れが。羊とバイク


羊飼のおじさんに話し掛けてみると、家に来いとのこと!!

助かります(涙)羊飼との出会い



羊を小屋に追い込むの手伝ったりして夕食。

羊の骨髄で作ったスープ飲ましていただきました。


おいしかったです。

ありがとう。。羊たちと    子豚

チタ~ウランウデ手前まで走行距離595km



ネットカフェからの帰り道、通りにホンダのバイクが停まっていました。

もちろん話しかけます。


お前のバイク見せろてことでホテルの駐車場へ。


これからバイク整備するゆうたら俺のガレージに来いとのこと。

少し郊外に向けて走り、ガレージに到着。


解体された日本車がたくさんおいてあり、相当のバイク好きらしい。


なんやかんや整備手伝ってもらって、大感激。

自分のちゃちな工具で作業する半分の時間で終わってしまいました。

大感謝です。


その後、ホテルまで送ってくれるのかなと思い後ろ付いて走ると

前方にバイクの集団が。

皆さんスズキ、ホンダ、カワサキなど日本車にまたがっており

どうやら地元チタのライダースクラブの集まりらしい。チタのライダーたち


お前も走りに行くぞと誘われるままに、チタの町を

日本車十台弱で縦横無尽に走り回りました。


普段、一匹狼的走行良しとする自分ですが

案外、皆でクラクションプープー鳴らしながら

街流すのも嫌いじゃない。


そんなこんなでちょいと郊外のレストランへ。

ジュースと羊肉に舌鼓を打ちました。


話の席で、かつて日本人ライダーもチタに来たんだぞー

て話になり、名前を伺ったところ


一人は昨年訪れたヒロさん(ん?)BMWに乗ってるって言ってました。

まさかヒロGSさんですか?トルクメからイラン是非ご一緒に走りたいです。

近々連絡させていただきます。


二人目は今月11日に訪れたH本さん、社長(?)さんかな?


最後にヘルメットにチタ~ジャパン フレンド!!

て書き込みしていただき、ホテルまで送っていただきました。


個人的に田舎道をずっと走っている方が好きで

街は交通マナー悪くてあまり近づきたくない感じだったんですが

こういう出会いもあって嫌いじゃないと再度体感。


明日(25日)ウラン・ウデまで行く道中、途中まで見送ってくれるとのこと。

チタでこんなイイ出会いできるとは・・・

日本製バイクが繋いでくれた友情の輪


最高です!!!

では、ウランウデに向けて出発します。

しばし、失礼。


今日は朝っぱらから雨。


前々からチタでバイクの整備しようと考えていたので今日は走らず。


まず近くのバイク屋(アムールスキー通りとブロゴチェフスク通りの交差点近く)


に行く。エンジンオイルなし。バイク用タイヤはけっこう置いてました。


もう一件あたりましたが、バイク屋というより車屋。


ガソスタでSAE5w-40て書いたオイル2L購入(198P 1Lあたり)

これ入れてええんかな???


ようわからんけど走らなくなるこたないっしょ。


午後、ネットカフェへ。

店員さんに日本語使いたいお願いしたら

使えるように手伝ってくれました。

ブチーナ通りとチャイコフスカヤ通り交差点近くです。


今日はここからブログ書いてます。

明日も来ちゃうかも・・・


これからオイル交換と汚れたエアクリーナー清掃

緩んだネジ締め直しなどする予定。


ではでは今日はこの辺で。


走行距離0km

あまりの寒さに4:30起床。


歯磨こうと水取り出したら凍ってる・・・


手足はスキー場にいるごとく痺れに痺れている。


蚊はいないので快適ではありますが、あまりに寒い

なので、その場でもも上げ三十回。


朝五時半頃出発


ガチガチ震えながら走ります。


走ること三十分弱、おんぼろトラック近くで

焚き火してるオジサンたち発見、仲間に加えてもらいました。

彼らはエンジニアで道路建設作業のため野宿を繰り返しているそうな。


「フチェラー ヤー スパーチ フ ウーリッツァ」(昨日私道で寝た)

と言ったところ大爆笑。

お前クレイジーだと。焚き火


なんかクレイジーて響き嫌いじゃありません。


チャイと朝飯までいただき、体も完璧温まり再出発。


建設中道路走ればよいものの、古い標識に従ったためか

激しくダート。ぼこぼこ道


山越え谷越え、カーブ砂利で曲がりきれず脇の沼に落ちたり

標識ない三叉路で迷いに迷い又に突っ込んで危うく

死にかけたり・・・


しまいには川で道が断絶。道が川に



幅40センチくらいの鉄橋渡るはめに橋が・・・


時計は正午指してるのに進んだ距離100km弱

時速10数キロ計算です。


その後、ブリヤート(日本人似)人車運転手の先導を受け

建設中の太い道路になんとか合流。


腕がガクガクブルブルです。


チタまで距離400kmくらいからでしょうか、木々がなくなり

果てしなく続く草原に景色は変わりました。


地図で見てもモンゴルを少し北に行ったあたり走ってるわけで

納得。


今回モンゴルには行きませんが、果てしなく続く草原を見て

気持ちモンゴルに行った気分。モンゴルとバイク


脇道に入り、草原少し走ってみました。

周りには馬もいてモンゴル気分倍増。


気分よく快走していたところ、前方に不思議な集団。


走ってる・・・イギリス人の集団


彼らの休憩地点で話しかけてみると


なんとウラジオストクからサンクトペテルブルグまで

三ヶ月かけて走破予定のイギリス人の集団でした。


しかもマスコミ、ランニングシャツにはスポンサー名も

ランナーたちと話している光景はカメラに収められ

九月彼らがサンクトペテルブルクのゴール到着後

イギリスで放映されるそうです。


カットされてなければイギリスの茶の間を賑わす

ことになりそうです自分。


それにしても彼らのクレイジーさには完璧脱帽。


夜十時チタ着。


ロシアバイク税関に次ぐ二箇所目の難所

シマノフスク~チタ間は三日で幕を閉じました。


個人的にはビロビジャン~ビロゴルスクの方が

走りにくかった気がします(転んだし)


あとハバロフスクから1742km地点にホテルありました。

これからロシア向かう方の参考になれば。。


鏡平さんがんばってください!!


チタのホテルは一番最初に目にとびこんだ『ザバイカル』てとこ

1450p(5800円)

懐痛い・・・

でもホテル内にATMあったんで懐は再び暖かく。

ホテル探す体力もうなかったんで。


ホテルの内容は値段と比して最悪。

泊まるべきじゃありません。

トイレットペーパーないし

連泊してタオル交換なし・・・

外国人登録できるのが長所なだけ。


おやすみなさい


走行距離640km





朝起きると外はドシャブリ

止みそうな気配ゼロ


気分も悪目だし、走るのやめた。

今日は宿で勉強しようと決め込む。


国際関係学ロシア関連、ほうほうなんか日本にいるより

わかりやすい。


実践簿記三級、トーイック問題集もチラチラと・・・


なんだかんだ会社からやれ言われてること放棄

できず中途半端な自分。


しかし、長旅すると旅という非日常が日常になり

日常が非日常になるので、案外楽しくお勉強

できてる気がしないでもない。日本語も恋しい今日この頃だし。



午後一時ころ雨が急に止む。

散々迷って出発決意。


雨でぬかるみは多少あるものの乾きは早く

土埃のたたない快適な道程です。俺


時速80kmで快調にとばし、夕方九時ころモゴチャ着。

宿アルとロシア人ゆうてましたが、

せっかくテントあるしシベリア初野宿決行。


脇道にそれて、バイクの足跡まで消す用心ぷり


そうでもせんと怖いっしょ。自分チビリなんで。


さてと、モンベルのテント(ムーンライト)取り出して

設営始めたら・・・


アガー 骨組みのゴム切れててバラバラに。


引き返すにもかなり暗いし、ビバーク決意。


地面にバイクカバー敷き、銀マット、テント本体、フライシート

て感じで。野宿


蚊があまりに多くて蚊取り線香二箇所に設置。

防虫ネットをかぶり、さらにヘルメットをかぶり就寝。


本日走行距離376km



朝七時起床。好物のプリミエーニ(ぎょうざぽいの)いただき

シマノフスクを発つ。シマノフスク出発


とても思い出深い町でした。

ほんとありがとうセルゲイ一族の方々。


シマノフスク以降超悪路と聞いており覚悟していたものの

案外サクサク進み、シベリア鉄道と併走競争しつつシベリア鉄道と競争

夕方八時スコボロディノ着


道中、トラックの運ちゃんからぶっといソーセージいただくソーセージいただく

二日分の食料や!!ありがとう!!!


スコボロディノの湖で埃だらけのバイク洗ってたら

また人に囲まれる。


その中の顔こゆい二人がやたらと

「これいくらだ?」「売ってくれ。」「交換してくれ」


正直だるい。


まだ作業中なのに「早く終わらせろホテルまで案内したる」と


フゥー。。


彼らの車に付いて宿へ。400p(1600円位)

シャワー、トイレ最悪に汚いが町に唯一のホテルなんで我慢


部屋まで二人組みが付いてきて、飯食おうぜと。

聞くと彼らはロシア内にいくつかある共和国の一つ

ダゲスタン(チェチェンの下くらい)から来たとのこと。


道中頂いたソーセージとチーズ、パンで安くあげる予定の自分としては

外食は控えたい。


その旨伝えるもどうしても 歓待 したいとのこと。

こんな誘ってくれてるのに断るのも悪いなとOKサイン


近くのレストランへ。

「ロシアの女はどうのこうの」と

また、だるい話しだした彼ら。

初対面でこういう話してくるイスラム系兄さん

には正直いい思い出がない。


昔バックパッカーとして某イスラム国家に行き

こういう兄さんに沢山出会ったが

日本人女性を馬鹿にする発言やら、ケ○掘られそうに

なったりとマヂ不快。


もちろんムスリムにも素晴しい人格者沢山いますが

性に対する社会的ないし宗教的抑圧が強いためか


どうも性に対して屈折した考え方持ってるような気が・・・


「何食べたい、日本人?」 「これでよいか?」「じゃ俺も」


オチはだんだん見えてましたがともに食事。


会計、お前が払うぶん『全額』

てか、会計のときどこかにいなくなってるし。


はいはい、こういうオチになるのは予想してました。


1000円・・・ ま、案内してくれたし今後の授業料

と思って払いましたよ。


奴ら「次は飲みに行こう」とのたまう


「ヤー ハチュー スパーチ(眠い)」


早く寝たい。


ホテルまで送る言うから仕方なしに送られるがままに


「おい、フレンド、写真撮ってくれ。」

「そんでもって、このアドレスに送ってくれ」だと。


ちょっとご機嫌ナナメ気味。


自分器小さいんで。


ていうか、そういう話題は嫌いだとか

「ノー」だとかはっきり言わない自分が嫌いです。


「ノー」と言えない日本人の代表格な自分


自己嫌悪に苛まれつつ床につく。


本日の走行距離436km