サマルカンド観光を終えた後、トルクメニスタンビザを受け取るため

首都タシケントに戻ってきました。


タシケントで出会ったナイスガイズ


真ん中

さとし君:英語の不出来を空手でカバーするタフツーリスト。

皆に愛されるいじられキャラ。肉が食べれません。。



右

K部君:自分ギャル男が基本苦手で最初会ったとき

ギャル男=バックパッカーに戸惑いを感じたものの

話してみるとかなりなハードな旅してて面白い、しかも

大学の後輩だった。

「テンコーさん、その英語力でよく商社行く気

になりましたね。。」

と言った君の台詞、これからの勉学エネルギー

にさせてもらうよ・・・



ロイさん

社会人をやめ西への長旅に出たおだやかな

語り方が印象的な方。その影にはベトナムをママチャリで

縦断しちゃうお茶目な部分も

K澤さん

カザフの国境手前で出会ったユーラシア大陸横断チャリダー

企画書を見せていただき、その計画性の高さにビビル。

地元に恩返ししたいと出身小学校にてプレゼンおよび

子供たちにメール配信してる!!

その心は・・・

普段ニュースなどでしか知る機会の少ない

世界の様子をK澤さん自身の体験を通して子供達に伝える

ことで子供達に考えるきっかけを与えたいとのこと。


確かに、いい年こいた自分でさえもロシアや中央アジアに

対して少々偏りある見方してたし、いざ来てみたら歌舞伎町

の方がよっぽどダーティーだなとか思ったわけで。


子供のころにこんな話聞けたらよかったなーと思いました。

K澤さんはユーラシア大陸横断後、小学校の教員免許

とる予定だそうな。

こんな先生に習いたかった・・・


さとし君、K部君、K澤さん 来春 東京で会いましょう。。



タシケントのBMWに場所を借り整備は完了

16日再スタート。


少し郊外に出ると青看が。


テヘランまで1859km。「近いじゃん。」

と思えるようになりました。

感覚狂ってきてますね。


310km走りサマルカンド宿泊



17日ブハラへ。

この区間とにかく疲れました。

走行中、干草積んだ荷台に乗った人に干草の塊ぶつけられたし。

ここはグッと我慢。


なんか、ここらへんの人々貧しい生活からくるものか

すごい荒んでて捻くれてる。


とりあえずバイクに乗っているのは

敵ではなく、人であることを教えなければ

ならないと考えた。

道沿いにいるやばそうな人には

大きく手を振ることにした。


でもやっぱ石投げられた。


意味わからん


一気に嫌いになったよウズベキスタン。

次やられたら戻ってドロップキックかまそう

と決意したが、その後は無難な感じ。


敵対的なのも疲れますが・・・・

友好的なのも疲れるねん・・・・


走り疲れて少し休もうと停車する度に

地元の車まで停車してきてワラワラ

人が集まり握手求められ、質問攻め。


勝手にバイクいじりだし、ウィリーしろだの

俺を乗せろだの言い出す始末。


また走り出すと、対向車すれ違いざま

抜かれざま皆クラクション鳴らしてくる。


神経休まりませんて・・・


疲労困憊ブハラ入り


写真はブハラのミナレット。縦に表示するスキルありません、見にくくてごめんなさい。



町に入ると今度は観光客擦れしたガキどもが

「ヤポーニー(日本人)!!こにちはー」

と叫びながら集まってきてバイクいじる。

さよならって日本語教えて撤収



嘘つき客引きなど振り払い

ホテルナジールヘ駐車場付 10$ きれいでした。

町自体は非常に美しく、二泊。


ハマムというイスラム式サウナにも行きました。


たまたまお会いした日本人旅行者の方から

カロリーメートとポカリの粉いただく(涙)

この場をお借りして御礼申し上げます。

地ビールジョッキ一杯35円

美味かったす。



次の日例のミナレットに登り朝日拝みました。

綺麗だったな。






「地名だけではイマイチどこにおるかわからん!!」


て声に応えまして、こんなん登録してみました。

よかったら見てみてください。 http://www.dokonano.com/tenko




朝九時起床。ホテルレギスタン糞。移動決定。

カフェで朝飯食ってたら隣のご夫婦が来いというので相席。

しばらく話してたら旦那はどっか消えて奥さんと二人きり。


奥さん朝っぱらからウォッカで目の焦点合ってない・・・

嫌な予感してましたけど案の定

Do you have money???

と聞かれたんで「トイレはどこだろう??」とか言いながら席離れて

自分の分だけ払って撤収。。。 ←これ長老の証らしい




今日は高校の世界史の授業以来憧れていたサマルカンドの遺跡をついに

見ることができました。



文化博物館に行こうとしたら インフォメーションセンター と片仮名

で書いたとこ見つけて行ってみました。


ここはサマルカンドで日本語を勉強する学生が

自らの日本語力向上のため無料でガイドや旅情報案内

してくれる旅行者的にも学生的にも

お互いのニーズが一致したありがたいとこ。



山本先生の指導のもとサマルカンドの学生の日本語レベルが非常に高いことは

バシシさん(昨年ロシア~アフリカまで走破)のHP http://www.bashishi.com/ から情報を得て

知っていたので、現地の学生と話してみたいと以前から考えてました。


案の定日本語レベルは非常に高く、5ドルの安宿も紹介していただいたうえ

誘われるがままに授業も受けてきました。


授業ではK先生のもと、日本語勉強暦三年の学生が朝日新聞の

温暖化による干ばつ・洪水の危機という記事をすらすら読み、

果ては河東氏(前駐ウズベク・タジク大使)

の書いた日本の中央アジアとの外交という小難しい論文を

すらすらといかないまでも張り切って予習したうえで学ぶ

ひたむきな姿に胸打たれました。



でもやっぱ習得した日本語を武器に活躍できるフィールド

限られてるみたいで、ほんの一握りの学生しか日本に

留学したり、日本に関わる職に就くことは困難ぽい。



貧困脱却には教育がと短絡的な方程式で捉えてましたが

せっかく受けた教育も経済が未成熟だと実力発揮できぬまま

終わってしまう現実にまた遭遇。



なのに熱心に学ぶ学生達。


これからのウズベクと日本のより一層の文化的繋がり


そして経済的繋がりの強化を願ってやみません。。


なんて柄にもなく真面目な話。



今までイージーにシベリア・中央アジア走ってきましたけど

たくさんの日本人墓地や日本人の強制労働

により建てられた立派な建物目にしてやっぱ

自分たち若者は過去たくさんの日本人が強制労働によりこの地

で亡くなったこと忘れちゃあかんな思ってました。

書く機会なかったんで今書きますけんど。


最近文章かたいなー。


肩に力はいりすぎぽいんで明日からラフにいきます。

ではではサヨナラ。 バブバブーーー


走行距離0km






昨日はたまったブログ書いたり、写真ペタペタ張ったりで寝たの朝五時。


午前11時起床。地下鉄にてバス乗り場へ。

ちなみに地下鉄16円。いいじゃなーい。。


四カ国目の国トルクメニスタンビザの受け取りが15日なので

先に青の都サマルカンドを観光することにしたのです。


サマルカンドまで距離280kmくらい。バス料金250円。

飯も100円あれば腹一杯になれる!!


いい感じです。。


バスに揺られること五時間。到着。

バス降り場からホテルまで12kmあるらしく

歩くにはちょいしんどい、んでタクシー。


降りるときもめるのダルイんで先に「いくらだ?」

と聞くと900円と。

「はあ。高い」ゆうたら

ガソリン1L 90円だから普通だとかほざいてるし



ちなみに参考までにロシアのガソリン

オクタン価90以上のもので1L 60円前後


カザフスタンのガソリン

オクタン価90以上のもので1L 45円前後



「さようなら」



んで他のタクシーの運ちゃんの輪の中戻って

「あいつガソリン1L 90円で、市内のホテルまで

900円言うてるねんけど、どう思う?

頭イカレテナイ???あいつはピズデッツだな。」

話したら、大爆笑。。


笑いをいただけて光栄。


セメイのビール工場で働く親切なおじさんからロシア語

の汚い言葉の一つとして『ピズデッツ』ての

教わったんです。

テレビの取材でも何かロシア語知ってますか?

聞かれて、迷わず『ピズデッツ』て叫んだ自分。



アルマティで出会った日本語ペラペラのベックさんに意味

聞いたら相当卑猥な言葉でした・・・。

旅の恥はかき捨てって言いますけど、それにしても

恥ずかしい。ファックくらいの意味と思ってたら

もっと露骨なんだもん。


そんな話は嫌いじゃないけど置いといて。

んで結局200円で違う運ちゃんにレギスタンホテルまで

運んでいただきました。一泊10000スム(千円位か)

少し高いな。

ま、いっか。ネットカフェも近いし。


明日は一日かけてサマルカンドを堪能したいと考えています。

写真期待しといてください!!!


では失礼。


本日のバイク走行距離0km



アルマティ観光していたところ、日本人の方に三人お会いできました。

上海からひたすら西を目指すKTさん。

お隣のキルギスタンで日本語教師をしているMさんとKHさん

キルギス人で日本語ペラペラのベック。

五人でロープウェイ登り、山からカザフの平原を見渡しました。


日本語教師の方から、キルギスには娯楽が少なく日本語の勉強

が楽しくて仕方がないと向学心溢れる若者が多いこと。


しかし、せっかく習得した日本語を生かす機会が少なく

多くの人が宝の持ち腐れのままだということなど

現場ならではの貴重なお話し聞けました。


なんとか彼らの能力が発揮できるようなフィールド

は作れないものか?商社とか何かできんの?

セメイでお会いしたMさん改めてスゲー。

自己実現の門戸が広い日本の若者は幸せだー

とか色々考えさせられました。


夕方涼しくなってから出発。

途中、雨に降られ、 少々のダート経て

177kmほど走り、農家に宿を乞いました。


翌日七時発車。道はいたって快適で途中あやうくキルギス入国しそうになりましたが

快走。途中で自転車でユーラシア大陸横断に挑む日本人の方とお会いして

タシュケントでの再会を約し別れ、夕方五時過ぎ国境着。


国境も都会と並んで嫌いな場所。

理由①お土産って日本語だけ使える役人の存在

理由②役人の暇つぶしの玩具にされる・・・(質問攻撃)

理由③国境の仕事場に愛玩犬連れてきてるバカ役人

不満は尽きないのですが、ここらへんで。


懸案だったタシケント市内バイク通行禁止令。

案の定、市内に通じる幹線道路で警察に捕まりましたが

「税関が旅行者だから市内通行オッケイ言ってたぞ」


とウソぶいたらスンナリイってよしと(笑)


その後、日本人の方と合流し

日本料理(トンカツと海苔巻)に舌鼓うちました。


タシケントなんだか近代的で想像していた中央アジアとは

まったく違いました。

本日の走行距離680km






セメイを九時半過ぎに出発。  

ライダースジャケット暑過ぎてロンティー購入しました。

水買わずに町を出て本当に後悔。

気温は40度を越え、乾いた草原がひたすら続き

店どころか人も見当たらない・・・  


渇きに苦しみましたホンマに。「練習中は水を飲むなー!!」

と檄を飛ばす大学時代の恩師の顔が脳裏よぎりましたよ(苦笑)


やっとこ見つけたカフェで飲んだぬくいコーラの美味いこと美味いこと。

水は大切ですね。

「あ、街あるー」と思ったらお墓でした。イスラム圏のお墓ユニークです。

不謹慎にも写真パシャリ


途中、検問に捕まりバイク用書類見せろと・・・・

ないし。てか税関くれなかっかし。


なぜだーと聞かれても返答に困りますって。


困りに困り、奥の手『ヘルメット作戦』


「アルグズ警察」書いてイッテヨシト。

だるいわ。

ズンズン進んで


夜、宿探してたら地元の人に囲まれて写真撮影。

早く寝たいんだけど・・・


やっと見つけたチャイハナで無料で寝かせていただきました。謝謝

果敢にも子猫が添寝を挑んできました。。

星空に感動、しばし天に見入った夜。


本日の走行距離 691km



セメイ(Ⅱ)

朝食頂き走り出します。

遠くの山々の山頂には雪が見え、視覚的に涼しい

ですが体感暑い。

ひたすら黄色い草原をひた走り、所々流れる小川で休憩。

この小川超冷たい。遠くにそびえる例の山々の雪解け水のようです。


川の周りには緑が溢れ、水の偉大さ改めて実感。

温暖化で山頂の雪なくなってしまったら、この緑も

消えてしまうんだろーなーとか考えたり。


そんなこんなでアルマティ着きました。

案の定ホテル探しに手間取り、2000テンゲ(1600円)で妥協。

疲れます。

ここ中央アジア、サービス精神ゼロ。アイス食いながら接客されました。

日本語オッケイなネットカフェありました!

(ドストック通沿い、映画館の斜め向かいのレストラン奥です。)


カザフ料理に舌鼓打ち就寝。


本日の走行距離500km

ホテルから宿泊証明書いただきオビールで外国人登録後

昨日のオジサンの車に乗せられて、セメイで働いてらっしゃる

日本人の方のところへ。

すんごい人です。

現在、日本車の販売を営むM氏ですが、その前までは

I川島播磨重工業に勤めていらっしゃり、

ザイールのマタディ大橋、イスタンブールのボスポラス大橋

そしてセメイの日本橋など世界の各地に難工事

の末沢山の橋を架けてこられた方。


就職活動中、大学内での企業紹介セミナーで

カザフスタンに日本人橋と呼ばれる橋があること

聞いてはいましたが、まさかこんな形で出会うことになるとは

アンビリバボー。


日本でもよく起業して会社作り社長に・・・

て夢を語る学生よく目にしますが、器が違う。


カザフスタンの発展に尽力すべく雇用増進のため

会社を作り、セメイの若い人を沢山雇っています。


実際自分より年下の21~22歳の学生さんも多いです。

M氏曰く、この会社は学校みたいなもので

ビジネススキルを将来のカザフ発展を担う

若者に厳しく仕込んでるとのこと。


以前、ニートになった経緯の記事で

国際協力に関心があるて書きましたが、

その姿を目の当たりにし、感動。


今まで軽軽しく国際協力が・・・とか

言ってた自分がおこがましくって。


世の中、すんげー人いっぱいいますね。

これからも海外で働く日本人の方と話す機会があれば貪欲に

話してみたいです。

だって刺激受けまくりなんだもん。

従業員の女の子達と仲良くなりました!!!!


今日は例のビール工場で働くオジサンの友達がテレビ局

で働いてるらしいので取材受けることになるぽいです。


セメイのニュース番組に出演し、カザフの茶の間を騒がせる

ことになるぽいです。


無茶苦茶しまくり。嫌いじゃないね。


写真は近々アップしていく予定。

たまに古い記事も覗いてみてください。


ではでは、カザフスタン、セメイの町より


6:30起床

快走してたら10:30頃パンク。

ノボシの修理屋さん、タイヤ交換時チューブに穴開けてたこと発覚。


しっかり金は取られましたがね。

戻るのだるい距離なんでグッと我慢。


さてさて交換しようとあがきましたが、35度の高温で挫折。

結局トラックヒッチして集落まで運んでいただき

事なきを得ました。


再度走り出し、夕方国境へ。

ここにきて気づいたんですが、ウラジオストクの税関が作ってくれたバイク用

書類のナンバー記載ミス。


ここ突っ込まれたらピンチやなー思いつつイミグレ、税関笑顔でスルー

無問題でした。


カザフ入国もいたって簡単。ただバイク用書類くれ頼んだのですが、

そんなん必要ない、イッテヨシとあしらわれたのが

少し怖いですが・・・

ま、なんとかなるでしょう、多分。



国境から140kmくらい南下してセメイの街へ

セメイ(旧称セミパラチンスク)過去ソ連時代

467回もの核実験が行われた都市。被爆者の方も

相当数いらっしゃるようで日本のNGOの方々

も医療協力をしに多くの方が訪れる都市とのこと。



ホテルセメイ900テンゲ(720円くらい)

に宿をとり早速食欲満たしに散歩。

ロンリープラネット(ガイドブック)がかなり役立つ。

ロンプラお勧めのレストラン(アリストクラト)へ。


ロシア語メニュー未だに読めなくて難義してたら隣のテーブルの

オジサンが英語話せて通訳していただきました。


その後、一緒に食べようてことになりオジサンと

その友達、自分の三人でテーブル囲みました。


オジサンはセメイのビール工場に勤務しており、

その友達は家具屋さんとのこと。


セメイの話、旅の話に花咲かせ、ゴチになってしまいました。


レストランにはカラオケが

あり女性が流暢な日本語で歌ってました。

聞いてみるとNGOの人が残していったCDを磨り減る

までに聞き込みマスターしたとのこと。

だから日本語会話はわからないと。


日本語会話はおあづけかーと思ってたらオジサンが

この街に日本人が働いておるから明日

会わせてやると言うので超楽しみ。

では、今日はここらへんで。


昨日泊まった宿はホテルというより、むしろアパートの一室を借りる感覚でした。

朝八時行動開始。ベーコンサンドイッチ、チーズサンドイッチ、タマゴ、ケーキ

いただいて160円くらい。嬉しいです。


頼まれていたプリンセスヌーリのお茶を購入して日本に送ろうと郵便局に行ったところ

送れないと拒否られ・・・・


理由はロシア語の不勉強ゆえわかりませんでしたが、なにやら書類を見せられて、

あかんと。


幸いお茶は払い戻ししていただけたので助かりました。


その後、次の国カザフスタンを目指すべくバイク預けていたバイク屋へ。

そこでハプニング、またやらかしました・・・


コンチハーゆうてバイク屋の駐車場に入ろうとしたら

ガードマンの兄さんがすんごい剣幕で入るな!!と。


は?お宅の店員が今日バイクできてるから取りに来いゆうてたのに

何で?


あれは俺のバイクで今日俺は旅立つのだ!!


ガードマン「今日は日曜バイク屋休み、明日朝出直して来い」


この後、本気でどつきあいました。お互い、かなりキレてて

オメー、英語位話せ!!オメーこそロシア語位話せ!!と不毛な口論



彼が腰に装着してるモノに手をあてがったとき

「やべ、銃だ・・」

1歩後に飛びのきました。


なんのこたない携帯電話だったんですけど・・

十分ほど待てとのこと。

喧嘩するほど仲がよいのか、さっきはゴメン的な雰囲気になり

和解。ふざけた写真のリクエストにも応えてくれました。


十分ほどして責任者来て、いってよし。

晴れて出発することできましたが、すでに夕方。


ロシア最後の夜はやはり野宿っしょ、と十一時くらいまで走り

バルナウル南方に40kmくらいのトコで野宿。


テントは補修して復活しました!!


本日の走行距離278km

 

祭りから現実に戻るべくキャンプ地をあとにしたは10時頃


280km走りノボシビルスクの街に到着。

話に聞いていた、ヤマハの店を訪問、いまいちな品揃え。

NBSMOTOへ。

懸案のタイヤ交換を果たせました。しかし、なんやかんやで四万円程とられました。

需要と供給の関係を考えると仕方ないですね・・・


しかし、この地の宿は高すぎです。日本人だから断られたりと。きついなー

結局、スイスチャリダーに教わった宿(名前長くて解読不能)レーニン通75

に行く。900P(3600円) まだましな感じ。


またしてもネットカフェで日本語使えず萎え。

最近萎えてばかりですね、これではだめですな。

明日からはりきりますよ・・・・


本日の走行距離280km



おっちゃんに朝食をたっぷりいただき11頃、ユガ・アレクサンドリアを後にしました。


ケメロボにて7月1,2,3とバイクフェステイバルがあることはロシア人ライダーから耳にしていたので、祭好きの自分をしてもち参加。


夕方六時開場、バイクがロシア各地からわらわらと集まること四千台。

八時、市内と郊外を流すべく出発。地平線の先まで前後に続くバイクの列。

熱気ムンムンで、車で参加してるお姉さん達は上半身マッパでなんか叫んでるし

祭りだーて感じ。とても感動。


その後、飛行場に設けられた特設会場にて150p(600円)

払い、ライブなど楽しんでたところ、司会者が「今回のフェスティバルには日本から来たライダーもいるー!!!」と紹介されてステージにかつぎあげられてしまいました・・・

世話になったライダーグループ。


そんときはウォッカでそこそこ脳溶け始めていたので、遠慮なくステージにあがらせていただきケメロボ バイク フェスティバル最高です!!みたいなこと叫んでいました。


粗相ですね。


ライブとウォッカに酔いしれて二時頃就寝。


本日の走行距離101km

最高の夜でした・・