バックパッカーに変身


バイクないと何が楽って、移動と宿探し。


バイクで移動するの楽しいけど、絶景も何時間

も続くとと退屈。電車・バスだと移動中本読める

のがうれしい。


宿探し。安宿はたいていゴミゴミした少し治安

悪いんじゃ・・・と不安になるようなとこにありがち。

(特に大都市)

そんな中、バイクをホテル前に停め、

宿主に交渉してる間にわらわら野次馬が集合し

いじり倒す。追っ払う→疲れる。


こんな苦労がまったくないのがすばらしい。


さてイスファハーンの話。

夜行列車の同部屋にハンガリー人チャリダーが。

自分より一つ下で名前は草履。

どうも名前が覚えづらくて、日本の単語と結び付けないと

なかなか覚えられまへん


ゾウリと一緒に市内観光へ。

チェヘル・ソトゥーン宮殿



マスジェデ・イマーム


ここイマーム広場がイスファハーンのハイライト。

サマルカンドをさらにでかくした感じ。


ここイマーム広場はとかく人が話し掛けてくる。

人懐こいの次元を超えて。


よく日本の本屋に並ぶ英語上達法

なんて本を眺めてると、「シャイな自分を捨てて

外国人見たら、とりあえず自分の

全ボキャブラリーもってして話かけろ。

それが上達への近道だ」

とか書いてるけど、逆の立場からすると

すげー迷惑。


ひどい場合だと

「Do you speak English??」と話し掛けられて

「Yes」と答えて

会話終了。おめー知ってるフレーズ口にして

終わりかよ!!


ここイスファハーンは外国人を英語の教材

としか見てないんじゃないの??

て感じ。


連れのゾーリもいい加減うんざりで、

しかし、彼はおもろかった。


ほっといてオーラ出してるのに英語

でひたすら話かけてくる青年二人組

に対して、

ゾーリ「お前らホメイニ好きか??」


二人組み「実はあんま好きじゃない(小声で)」


ゾーリ「今から警察に電話して、ここにホメイニを

     批判している奴がいる旨通報する。

     嫌ならば口止め料として10ドル払え。」


二人組「・・・」


あっけにとられる彼らを尻目にイマーム広場をあとに。


ゾーリも自転車こいでるときに石投げられたり

呼び止められて、停まったら「金くれ」

とか言われたりしてて、乗り物は違うけど

何かと同じような体験してて気が合うぽい。

ユーモアセンスも見習うべきとこがたくさんあるな。





土産物の皿。綺麗で欲しいのいっぱい

ありましたが、100%割れるし。断念


建物いい加減飽きた頃

今度は橋のチャイハネめぐり。

チャイハネ(日本でいうカフェみたいな)

水タバコやらプカプカしてマターリできる。



感動する心忘れかけてた自分でしたが

これにはウットリ。。



ゾーリは大学が九月半から始まるらしく、それまでに帰らな

あかんさかいと日帰り。互いの連絡先を交換。

別れ際、なんかハンガリー語(?)でさらさら文章書いて

ポンと渡してきた。


「なんやこれ?訳してくれ。」ゆうたら



こんな感じ

「こんにちは、この日本人はバイクで世界を旅しています

彼はイスファハーンでできた友達です。もし、あなたに

余裕があるならば、彼にご飯と一夜の宿を

提供してくれませんか?」


ハンガリー、チェコ、スロバキア

あたりで困ったらこれを見せろと。


この手紙を使う使わないに限らず

かなり嬉しかった。


イスファハーン、時の流れがゆるゆるな

お気に入りの街のひとつになりました。


ラームサルからテヘランの間、ここにはアルボルズ山脈

という標高4000~5000m級の山々が屹立と立ちはだかります。


バイクもヒーヒー、頭痛ガンガンな感じで峠越え

海沿いの緑豊かな山々に対して、その裏側はかくも

厳しい姿を見せ付けてくれます。



そんなこんなで人口650万シティーテヘラン着

超ビッグだぜー。道に迷ってたらポリスの先導受け

市内中心部まで。

ポリスの前ではイラン人も安全運転のようで

安全に走れました。。


バイクはテヘランBMWの工場にいれさせていただき

部品待ちの期間を利用してバックパッカーとして

世界遺産都市

イスファハーンとペルセポリス見に行くことにしました。



夜行列車にて、いざイスファハーンへ。。

雲上の世界から海沿いのラームサルへ帰還。

ボーと海見たり、グテーとクーラーがんがん効いた

部屋でトドしてたら、カムラン参上。


「お前はトレーニングしなければならない」

「は、はい。」


なぜマストなんだろうか??と思いつつ

彼のケツで近くのジムへ。


イランまで来て何故にこんなことしてんの俺??



出発以来、およそ二ヶ月ぶりのエクササイズ。

考え事ばかりでモヤッとしてた頭、クリアーになったぜ

やっぱ、たまの運動大事だね。


世話になったジムの写真、デジカメでとってたら

一人のナルシスト君が近づいてきて「俺も写せと」

写真撮ったあと画像再生してあげたら

彼大喜び・大はしゃぎで苦笑。。


ジムにはナイスガイ多かった。


こんな感じでだんだん疲れも取れてすっきりしたので

首都テヘランに向かうことに。

里心強まる僕の寂しさをくみとってのことか、

彼は彼の実家に自分を案内してくれました。

ラームサルから山に向けて走ること30km。そこは雲上の世界。


ここでも物思いにふけってしまいます。


このとき日本に帰りたい度かなり高くって・・・


でもカムランの家族との一日は日々高まっていた孤独感

を完璧に吹き飛ばしてくれました。


ちなみに、この山の名前はクソガタレナガシだそうです。

いい景色で綺麗なとこなんですが、確かに家畜の糞は

たれ流しでした。


イランて灼熱の国ってイメージでしたが、

もちろん砂漠地帯もありますが、ラームサルのような紺碧の海

緑深い山々と、日本と同じように様々な表情を見せてくれます。


イランいーわ。


ちょいと、いろいろありまして海沿いでボーっと考え事してました。

海とか川ってなんか心に溜まった垢を取り除いてくれますよね。


ここラームサルはラジウム温泉が出ることでも有名で

体の垢はこちらで取り除きました。



湯船に浸かったの二ヶ月ぶりくらいです・・・

「全然たまってないし」とか思ってたら

だいぶたまってました。ゴシゴシ。


ボーと街歩いてたら「Hey  Mr!!」

との掛け声が。


振り向くと


間違えました。下の人(写真)です


とりあえずマッチョな兄さんに声かけられたのです。



彼の名前カムラン。いい感じの髭の持ち主ね。


路上で声かけられて、不快な思いをしたこと

数知れず。最初は警戒しまくってた自分でしたが


ネットカフェ探し手伝ってくれ、ソフトクリーム

ゴチになり、更に市内案内したいからと

彼のバイク(125cc)のケツに乗せられ市内散策。


ほんまイラン人の運転は最悪で。入国してから一日に

三件は事故現場見てきましたがなるほろな感じ。


自分で運転するのはいいのですが

ケツはだいぶスリリングですね・・・


ケツってバイクの後ろに乗ることね、そっちのケツじゃないから。


「お前明日暇か??」と聞かれ「ハイ」

「ほな明日九時にお前のホテルに迎えにゆく」

てことでお別れ。


ムッチリマンことカムランの瞳は曇りがなく

信用できるナイスガイのようです。


早朝、蚊のかゆみに目覚め出発準備してたところ

テント所有者と思しき農民が登場。


最初はすんげーキマヅイ感じでしたが

覚えたての胡散臭いイラン語でなんとか和解。


まぢエエ人で畑のトマトおもむろにもぎだして


沢山プレゼントしてくれました。おっちゃん、あんがと!!



朝飯トマト食べ放題試みるも、それでもカバンに入りきらんくて



近くのお店にてミネラルウォーターと物々交換。


イランの人々は日本大好きみたいで、とてもジェントルに接してくれます。

何が悪の枢軸だよ。おっと、また米に対する愚痴が・・・



ロシア・中央アジアではアスファルトに大穴突然あいたりしてて

正直景色どころではなかったのですが、イランの道自体は

非常に走りやすいです。ただ人々の荒い運転と

訳わからん道路標識がね・・・



そんなこんなで西ひた走るとクンクン

磯の香り が。


やしの木のトンネルをくぐり視界が開けたその瞬間

紺碧世界が目の前に




近くに海に突き出したいい感じのチャイハナあったので

ランチ。

チャドル(黒いマント)を身にまとう少女が釣りに興じる姿が印象的でした。

           


暑くないんかね?こんな猛暑に黒いマント身にまとってさ。



夕刻ラームサル着きました。

旅の疲れが溜まってたので一泊15ドルと少し奮発して

中級ホテル宿泊。

まさか五日間も沈没することになるとは・・・



本日の走行距離・・・km

(後日書き込み)




しばらくお休みしてましたが、本日よりボチボチ更新していきます!!

今後ともよろしくお願いします。


マシュハドから西に向かうルートとして直線的で近道な砂漠地帯or標高高めで遠回りの北回りルート

がありましたが、迷うことなく北回り選択。。


尋常じゃなく暑いねん。。


夕刻道中釣人発見。

釣り人に悪い奴なしてのが自分の中にあるんすけど

やっぱエエ人(家族)でした。(ボジュノルドてとこ)


家に泊めていただきーの、翌日車で俺のオフィスだ、息子の学校だ

など市内案内および郊外ピクニックに連れてってもらいました。


昼飯いただいた後、西へ走りだします。

この日、旅しててマヂやべーと肝冷やす事件が・・・


山道を爽快に飛ばしてたところ検問にて、まぁ停まれと。

イラン入国以来検問はフリーパスでちょろいじゃんて

思ってただけに「エッ・・・」みたいな。


なんかグラサンにひげもじゃもじゃでライフル片手なアンちゃんに

パスポート見せろ言われました。


提出


アンちゃんパラパラめくっていきなり

クンクンパスポートの匂い嗅ぎだして

他の軍人呼んで何やら相談しだしーの

他の軍人もパスポートの匂い嗅いで

プロブレムだとか吠え出しーので。

俺汗臭いか?と場の雰囲気和ませよう

と試みるも、スゲーシビアな空気奴等

作ってて無視された。


「お前をこれから尋問するから詰所に来い」と。


バイク押して詰所前停車。麻薬犬登場



まさか・・・

おいらが尋問されてる隙においらのバイクのカバンに

粉仕込んで麻薬密売人に仕立て上げるつもりにちがいない。

んでもってオイラから金巻き上げようとしてるんだ。。


↑猜疑心強すぎ???



そう考えてカバンに鍵しーの、少しでも振動与えたらアラーム

なる鍵しーの、絶対触るなオーラ出しまくりで詰所中へ


詰所内の部屋からバイク見えたので

窓から警戒。シェパード犬がクンクン嗅いでました。



「どこから来た」 「なぜ旅してる」 「なぜイランを通らなければならないのだ」

とうざい質問に苦しめられましたが、

上官らしいスマートな若手軍人が出てきた瞬間雰囲気変わり

即釈放。



逃げるように検問後にしました。



なんかどっと疲れ出てホテル探す気力もなく

野宿ポイント探しつつ、走行。


幹線道路から農道を200mくらい入ったとこに

農作業者の休憩用テント発見。

すぐそばには洗濯、水や果物冷やせる小川が

流れ、かなりレベル高い野宿ポイントでした。



二日走行291kmと269km


ロシアでは一日700kmとか気合で走ってたのに

ずいぶんヒヨッタもんだ。。

チェーンも限界に近づいてすごい不安。。



書き込んでくださった方どもどもです。

自分元気っす。世話になってるバイク屋(サッシュさん)からチェーンを送っていただき

今はそれを待ってるところです。


テヘランだけではもったいので、現在イスファハーン、んでこれからペルセポリスに行きます。

ブログボチボチ更新するんでよろしくっす。


写真もしばしお待ちください。。


ではでは。

てんこの居場所

http://www.dokonano.com/tenko


街道沿いのモーテルを後にしていざ国境へ。


ヘルメットに友達が書いてくれた言葉で

一番気にいってる言葉

『国境より限界超えろ』



そんなこんなで悪徳警官にも何箇所か会いましたが

なんとか国境の町サラフスへ。


役人いい人で、出国手続きはいたってスムーズ。

麻薬持ってないか?と親身に心配してくれた。

イランでは麻薬所持=死刑らしい。


ぶるぶる


イラン側の出国もカルネのおかげでスムーズに。


イランはカルネないと入国はしんどそうですよ(一人笑)


この日はイラン側の国境サラフスの宿にて一泊。


黒いチャドルに身にまとう人々に囲まれて完璧異国ムード。


中央アジアはなんだかんだロシアの影響強く受けてて

イスラムの空気薄かったのですが、イランで急にこゆくなって

いっぱいいっぱいっす・・・。



翌日イラン第二の都市マシュハドへ。

イランの交通マナーの悪さはピカイチです。


自分さえよければ的運転目立ちます。

道中トラック事故目撃事故


景色はすこぶるよろしいです。


道路も中央アジアと違って非常に走りやすく

あっという間にマシュハドにつきました。


地球の歩き方で目星つけてた宿行こうとして

大いに迷ってたら、いい人ぽい(客引き)のが案内してくれた。


ホテルに着いていざ値段聞こうとしても

鍵渡してくるだけで値段言わない。怪しい。


この模様見ていた敬虔なムスリムが

キレて客引きに向かって

「この日本人がペルシア語わからないのをいいことに

ぼったくろうとするな!!お前のやってることはおかしい!!

警察に訴える」とキレだしてあたりは騒然。


野次馬ワラワラ百人近く(?)集まってきて大変でした。


混乱の隙を突いて駐車場付他ホテルにチェキイン。


その後、キレテくれたおじさんに礼を言うことができました。


ムスリムの教えに「旅人から金をとるな」てのがありますが

おじさんの理論は、これに基づくもの。


一方、客引きは『喜捨』の理論に基づき「裕福な日本人から

金をたくさん取るのは当然のムスリムのつとめ」

みたいな考えなのでしょう。


まことしやかに混沌としたカオス的社会に迷い込んだ自分。

イラン生活はまだまだこれからです。


十日近く滞在したウズベクもいよいよさよならです。

この国はカリモフさんの独裁下にあり言論の自由全然なし

だからTV見てても今年は果物が豊作です!みたいなの

ばっかで事件性高いものカット。



アンビジャンの騒乱もTVでは一切放映されず

CNNなど普段は見れる海外のTV番組すらも

この時は見れなくなったそうです。

そして手紙などの検閲もあるらしい。


一見平和に見えたタシケントですが

一説によると水面下で反政府主義者

の動きが盛んになりつつあったようで

現にアメリカなどは自国の企業撤退させたり

などしてるようです。

あんま詳しいこと知らんけど。


歴史教育においては1991年のソ連における保守派クーデター

支持してたくせに教科書では

「我々は自らの意思で独立を勝ち取ったのだ」的なこと

書いてるらしい。


ま、クソってことね。バイク市内通行禁止令出すしさ。

愚痴りだしたらキリないんでここらへんで。



トルクメはカリモフ大統領以上に独裁的な

大統領がいるらしい。

ついたあだ名が「中央アジアの北朝鮮」


さてさてどーなることやら・・・



ブハラから140kmほど走り国境ファルフの町へ

寂れた町。

国境でまた野次馬に囲まれて質問攻撃

闇両替商攻撃、油断してるすきに

ガキがバイクいじくる。


だるい


善良な役人さんの恫喝で野次馬達は霧散。

ありがと。

ウズベク出国は意外とスムーズに。


トルクメ国境では英語しゃべれる兵隊さんの先導

で案外入国(10$取られた)はすんなり。


しかしバイクの手続きはだるかった。

自分が出国する国境(サラフス)と通るコース指定

されて、その分のガソリン税、保険料など総計

57ドル取られたうえに、いろんな部屋たらいまわしにされて

スタンプポンポン押してもらい、やっとこ完了。



晴れてバイクともどもトルクメニスタンに入国できました。

走ってみると聞いてはいましたが、

いたるところに大統領の肖像画やら銅像が・・・

 


でもガソリン1リットル400マナト=3円位

この国は税金ない国らしいっす。

だから国民の暮らしぶりもウズベクより豊かぽいし

石投げてくる奴もいなくて落ち着いた雰囲気。


独裁国家だから当然言論の自由なんてない。

だけど税金ないし、そこそこの暮らしできてるから

か人々は満足ぽいね、知らんけど。


出国の期日が迫っていたので走りに走りましたが

(検問多いが、荷物検査なし)

ホテル見当たらず砂漠がひたすら続きます


結局砂上にポツンと立つ一軒の建物に一夜の宿を乞いました。

この建物はどうやら天然ガス掘削作業のベースキャンプ

だったようでガス使わせていただき久々に自炊。

インスタントラーメン(K澤さん謝謝)に玉葱とジャガイモの炒め物、質素だ。


ちなみにトルクメニスタンにねむる天然ガス埋蔵量は

世界第5位だそうです。


資源に乏しい日本と仲良くしてね。。。


翌日、五時起床。作業員さんに別れを告げ出発



今日はトルクメニスタンに存在する唯一の世界遺産

メルブ観光でい!!

道中出会った渋めな御爺さん


快走してたら 「きたー!!!ラクダだー」


鳥取砂丘以来のラクダとの出会い。



ガクガクバイクに異音をさせつつ走ると遺跡見えてきました。


遠くに見えるのモスク


んで、これが世界遺産クズガラの遺跡


チンギスハーンが攻めてきたとき

多くの女性がこの上から身投げしたそうです。


入場料2ドル、見応えある遺跡でした。


やっぱし世界遺産に指定されてる遺跡に

ハズレはないね。

しかも、観光で飯食うボッタクリ兄さんとか皆無

で厳かに感動を噛締めながら観光できました。



昨日は無料で泊めていただけたし、道沿いの

人々も温和な感じでトルクメニスタンいい国じゃん!!


て思ってたら悪徳警官登場


偉そうに停まれと合図してきて

勝手にバイクいじるわ、距離測るためのメータークリクリ

回そうとするわ、カメラで俺撮れとか言い出して御機嫌取りに

一枚パシャリ。「この住所に送れ」。

金は持ってるか?くれ。


「お前のバイク昼間でもライトつきっぱなし、これ重大な違反。

罰金を払わなければ大変なことになる。俺が代わりに

トルクメニスタン銀行に行ってきてやるから金出せ。」


僕馬鹿だから意味わからなーいてフリしてたらやっと諦めてくれた。

バイバーイありがとーて手振って、即効住所捨てたね。


写真も消去しようとしたけど、ま、ブログ用に。


明らかに相手が間違ってるのに下手に出ざるを得ない

のが悔しかった。


ほんまドロップキックかましたかったぜ。


せっかく好きになりかけたトルクメ一人のガキ警官の

せいで印象最悪。


仕切りなおしにカフェで昼食。またボラれるんだろなー

とか考えてたら、あんちゃんが「金はいらね、コーラ持ってけ」と。



やっぱ俺トルクメ好きだわ。



夕方マリーとテジェンの間くらいの街道沿いにモーテル発見(GS隣)

宿代2ドル超綺麗。お勧めです。


たくさんトラック停まっててマースクシーランドのコンテナ発見。


20日はこんな感じ。走行距離は322km

日本からの走行距離が1万1千kmを越えました。