事件といっても、実は事件性のないものだったんですよ。
新しくパートナーになった矢吹は、先輩である野沢に日吉駅前の居酒屋でぼやいていた。
矢吹の前のパートナー田口は、この事件の直後、依願退職した。野沢とほとんど交流のない刑事だったので、理由は知らない。
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腐乱死体の一報があり、矢吹と田口は死体のあるアパートへ向かった。
湿気の残った初夏だった。ドアを開ける前から異様な臭気を放っており、第一発見者の管理人は同行を拒否した。
二人はハンカチで鼻を押さえたが、開け放たれた部屋の向こう側から悪臭が鼻腔をつんざいた。
しかし、異様だったのは、6畳半の和室に敷き詰められたおそらく百本はある真紅の薔薇に、
朽ち果てた若い男性が横たわっている様だった。
締め切られていた灰色のカーテンによって、暗い室内に「ある」死体は、
まるで熱帯林に生息する食虫植物を思わせた。
死体の右手にはA4サイズの大学ノートが握られていた。
鑑識終了後、田口が意を決し開いてみると、数匹の蛆がぼろぼろと落ちた。
赤い薔薇に真珠をあつらえたブローチが、和室に置かれているようで、不似合いなコントラストが矢吹の印象に強く残った。
(第3話につづく)