(『人間革命』第11巻より編集)
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〈転機〉 3
ー この時の戸田の憂慮は、この昭和三十一年二月十九日に、日本の国連加盟に際しての恩赦が、突如、発令され、ひとまず霧散したかに思えた。
しかし、問題は、それほど単純なものではなかった。
昭和三十二年に至って、四月の参議院大阪地方区補欠選挙を契機として、創価学会に迫った不気味な暗雲は、再び広がり、彼のこの時の予感は、まさに的中するにいたるのである。
戸田城聖は、今、心して難しい操縦桿を握り、一切の煩わしさを捨てて、一心に針路を探していた。
この時、扉が叩かれた。入ってきたのは、山本伸一である。
伸一は、喜色を浮かべて、机の前に端座し、あいさつをしてから報告を始めた。
報告というのは、戸田が顧問をしていた大東商工の決算概況であった。数字は、すべて著しい好転を示している。
戸田は、伸一の報告を聞くと、意を決したように言った。
「もう心配ないな。やっと独り歩きできることになったか。後は、一切、君に任せる。みんなで、しっかりやっていきなさい」
瞬間、伸一は、戸田の唐突な話に驚きの色を隠せなかった。
長いこと苦労してきた会社の基盤が盤石となり、業績が飛躍した途端、戸田は、身を引くというのである。
しかし、何か意味があることを、伸一は察した。
「はい、分かりました。よく伝えます」
「この機会に、私は大東商工に限らず、一切の営利事業から引退しようと思う。そういつまでも、みんなとつき合ってもおれないからな。
そういう潮時が、ぼくの人生にも訪れたようだ。私には、広宣流布のために、未来のために、まだまだ、なすべきことが山ほどある。
潮時を見失ってはならないだろう。まだ、誰にも言ってないが、これは、私のどうしようもない決意だ」