(『人間革命』第4巻より編集)
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〈怒涛〉 18
真摯な誠意というものを、何かしら形で表さなければ、人は信用しない。
信用を失いつつある組合であってみれば、なおさらのことである。二人の思案と協議は、静まり返った、侘しい二階で、遅くまで続けられた。
伸一が戸田を送って、白金の戸田の家に着いた時には、すでに午前一時ちょっとであった。
玄関のベルを押すと、幾枝が飛んで出てきた。瞬間、幾枝の顔には、危惧に満ちた影が走った。
戸田の背後に、伸一のかをを見つけると、硬い表情は消え、伸一をねぎらうように呼びかけたのである。
「こんなに遅くまで、ほんとうにすみません・・・」
「伸ちゃん、さぁ、上ろう」
戸田も伸一をねぎらうように、先に立って二階への階段を上った。戸田は、そのまま仏壇の前に端座した。
「勤行をしよう」
伸一は、戸田の背後に座って、深夜の唱題を心ゆくまで続けた。
やがて幾枝の足音がし、盆の上に戸田の酒と、伸一のサイダーを持ってきた。
「今夜は、丑寅の勤行になってしまったな」
戸田は、にっこり笑いながら、コップの酒を手に取った。
幾枝は心配顔に、戸田に尋ねた。
「会社の方は、どうでしたの?」
「どうもこうも、えらいことだよ。あんまり心配するな。お前が心配しれくれても、どうにもならんよ。先に寝なさい」
戸田は、他人事のように言って、伸一の顔を見ながら聞いた。
「どうだ、伸、一局やるか」
「まあ、こんなに遅いというのに・・・、明日になさったら」
幾枝は、ちょっと、とがめるように言った。
「いいよ、お前は寝なさい。・・・明日は明日の仕事がある、伸一、将棋盤だ!」