(『人間革命』第2巻より編集)
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〈序曲〉 5
今、牧口会長の三回忌に臨んで、日亨は、牧口の生涯を、感慨深く思い浮かべながら、言った。
「いつの時代であっても、偽りの心を捨て、真の愛情をもって世人に接すると、かえって憎まれ、怨まれるものであります」
その声は、次第に、人びとの胸奥を動かしていった。
やがて、「追悼の辞」となり、最後に戸田城聖が立ち、話始めた。まるで、生きている人に語りかけるような、話し方であった。
「思い出しますれば、昭和十八年九月、あなたが警視庁から拘置所へ行かれる時が、最後のお別れでございました。
『先生、お丈夫で…』と申し上げるのが、私の精いっぱいでございました。
あなたは、ご返事もなく、頷かれた。あのお姿、あの目には、無限の慈悲と勇気とを感じました。
あなたはご老体ゆえ、どうか一日でも早く世間へ帰られますようにと、朝夕、御本尊様に、お祈りいたしました。が、私の信心いまだ足りず、また仏慧(ぶつて)の広大無辺にもやあらん、
昭和二十年一月八日、判事より、あなたが霊鷲山(りょうじゅせん)へおたちになったことを聞いた時の悲しさ。杖を失い、灯(ともしび)を失った心の寂しさ。夜ごと夜ごとに、あなたを偲んでは、私は泣きぬれたのでございます」
ここまで来た時、戸田は嗚咽をこらえ、体をこわばらせ、しばらく、口をつぐんでいた。
場内には、すすり泣きが、かすかな波のように起きた。