『若き狼の肖像』感想 その2 | 平井部

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“政財界の黒幕”とのミーティングも興味深かったです。

 

ちょっと指を動かせば一個人の存在など完全に消し去ってしまえるほどの権力を持つ老人に対して、「おれは平気だ。おれは狼だからな。地上の権力者にひれ伏したりはしないんだ」なんて、あっさり言い放つ孤狼の誇りっぷり! やっぱりカッケ~!

 

 

“黒幕”が明に接触を図ったのは、「郷子さまから遠ざけるため」で、その為に冒頭のクレイジー・ブラザーズや米人コンビが雇われていた。

 

「FX問題」に関しては、同業者の和田が話を持ち込んだから、明も介入すると思われたのか、それとももっと深い謀略があるのか、はっきりとは明かされませんでした。

 

 

老人が告げた以下の言葉

 

「お前に申し渡す。石崎郷子に近づいてはならぬ。あれはお前ごときが触れることはおろか、目をあげることすら許されぬ神聖なる者だ。あの女に接近した者はことごとく落命する破目になる。あの者は祟り神の御稜威そのものだ」

 

「あの者は大いなる祟り神の子孫であり、憑代だ。あの者を穢す下賤なる者があれば、皇国には災いが降りかかってくる。多くの困難が襲いかかってくるのだ」

 

 

 

を受けて、明は「狂気の考え」と怖気をふるうのですが、言い方はさておき、「神の子孫、神聖なる者であり、この国全体に影響をもたらすほどの神力を秘めている」と言う点では、まさにその通りなのかも。

 

犬神明と出逢うことが「あの娘の秘めた恐るべき禍津神の力を解き放つこと」になり、だからなんとしても排除しなければならない…。

 

 

 

まあこのおじいさん、『人狼天使』的見方をしたら明らかに闇側であって、魔王の立場からすると、郷子さまも犬神明も「禍津神」なんでしょうね。日本のパワーバランスを乱しかねない強大なフォースを持った存在は、早めに潰しておかねばならない。

 

実際この後、「バチガミ」と化した犬神明は地上の悪辣な輩を怒りの炎で焼き尽くしてゆくことになる。

 

 

この“黒幕”さん、おそらくこのシーンで生命を落としていて、ある意味犬神明と言う存在は「禍津神」に他ならなくて、妖怪的な力を持っていたこのおじいさんも、明に触れてしまうことで、あえなく返り討ちに遭ってしまう。切り替わる運命の転換機。

 

 

 

🐺 🐺 🐺

 

 

 

今作の最大のテーマは「明、友を得る」

 

メインは石崎郷子さまなのですが、気はしの効くヤクザの青年、綿貫一平も、犬神明の友たるべくして現れた存在でした。

 

 

暴力団、井上組の若頭である綿貫一平。

 

組の跡目相続に利用するために、組長の命で明に近づくものの、次第に彼の人間性に心酔するようになってゆく。

 

 

「二度とおれの前に面を出すんじゃないぜ。所詮お前はヤクザさ。泥沼から這いあがれはしないだろうよ。けっこう性に合ってるようじゃないか」

 

設けられた接待の席で、綿貫に跡目を継がせるための“茶番”を見せられ、冷たい拒絶の言葉を吐く明でしたが、この時に彼の胸を占めていたのは、怒りではなく悲しみでした。明もまた、暴力団にそぐわぬ人としての真実を持った綿貫のことを、憎からず思うようになっていた。

 

 

犬神明、めっちゃ青春してて泣かせる。

 

 

 

エンディング。

 

黒幕老人の魔手を脱して、原宿のマンションに帰宅した明を、石崎郷子が迎える。

 

最初は拒絶して見せる明も、言葉を交わすうちに、郷子も“古代神の末裔”として、孤高の人生を歩んできた“異邦人”であることを察する。

 

 

おれは鍵束で胸を叩いた。

「この中は荒野で風が吹き渡っているだけさ。餓鬼のころからそうだったように、おれはいつも一人で歩いて行く。親もいないし、友だちもいない。そんなものは必要ない。なぜなら、おれは狼男だからさ。同情も愛も、そんな濡れたべたついた代物は要らない。独りほどさばさばとして清潔なものはない。ほうっといてもらうのが、一番好きなんだ。それに、なによりもまず、狼は足が早いから、だれもついてこられないってことだ。わかったかい?」

 

 

この言葉、明が今まで味わっていた魂の孤独がにじみ出ていて、しみじみ良いですよね。

 

 

バーの女給、羊子に安易な共感を示された時は、瞬時に心を閉ざすものの、表立った反発はしません。

 

しかし、郷子に対しては、自分でも不思議に感じているくらい、声を荒げて、誰にも打ち明けたことのない傷だらけの心情をぶつけてしまう。

 

 

きっと彼女が、自分の弱みや汚点を全て晒しても、十分に受け止めてくれるほどの魂の器の広さを有していることを、分かっているからです。

 

 

対話の途中から、郷子は明のことを“ウルフ”と呼び始める

そこは郷子さま、淡々とした口ぶりではあるのですが、二人の絆がしっかり結ばれた、サインのように思えます。

 

 

 

 

関東会に捕われ、暴行を受けているマキコを救い出すため、豪雨の街に飛び出そうとする明の前に、綿貫一平が現れる。

 

 

「私は卑怯者で臆病者だ。しかし、ヤクザの親を持った事実と同様、私にはどうしようもない。そうでしょ、先生!だが、私はもし自分がヤクザ以外の者になれるとしたら、そのためになんでもしたい!それを証明する機会を下さい、先生!」

 

 

ここでのやり取りは、料亭での接待の後に交わされた別れの一幕と、対になっているんですね。

あの時は二人ともに、心の涙を流しながら言葉を発してた。

 

関東会に単身殴り込みをかける明に同行するということは、死ぬということです。その覚悟を示すように、彼は機関銃を所持しています。

 

 

「なにを証明できるというんだ?ヤクザが一人、でいりで死んだといわれるだけだ」

「私が証明するのは、先生だけでいいんですよ。先生、連れていってくれますね」

 

 

まさに命がけの、魂の深奥から湧き出た言葉です。

全身全霊を込めて、「おれはあんたに惚れてる!」って叫んでる。

 

 

「おれについてくるのは楽じゃないぜ。おれは足が早いんだ。せいぜい見失わないようにするんだな」

 

 

先ほど郷子に吐露した「狼は足が早いから、だれもついてこられない」という言葉を翻して、こう告げる明。

 

 

孤高の犬神明が、人間であり、しかもヤクザの跡取りである綿貫を、友と認めた瞬間です。

 

 

最高のシーンです😭

 

 

歓喜に包まれて、豪雨の中を疾走してゆく若き犬神明の姿は、シリーズ全体の“リスタート”を暗示しているようです。

 

 

🐺 🐺 🐺

 

 

これで『アダルトウルフガイ シリーズ』は一旦終幕になります。

 

犬神明と石崎郷子の出逢いが描かれるだけではなく、それが世界にもたらす本当の意味も示されていて、すごく面白かった。

 

 

やっぱり未完のままの『人狼天使』で終わってしまうのは切なくて、「スペシャル」として最後に今作が残されたことで、いろいろな意味で今後に希望を抱くことができます。

 

 

平井和正が物書きとして活動を始めた60年代への郷愁と、あとB級アクション映画に対するオマージュも散りばめられていて、ギラギラしてる若き犬神明そのものみたいな、どこを切っても美味しかない、最高に素敵な作品でした。