角川文庫版。
初読はこちらでした😊
村人たちから“禍神”として恐れられた大滝志乃。
呪念で郷子さまを重病にさせるばかりか、天候を操って吹雪と雪崩を起こし、さらにアニキの小さな友人、美美ちゃんまで瀕死の病に犯されてしまう…。
これはもう『悪霊の女王』クラスの大妖術使いですよね。
位置情報システムなんかなかった昭和の時代に、知られるはずもない地方のホテルに無言の電話をかけてきた、志乃の息遣い、めっちゃ不気味でした💦
彼女の消息を辿るべく、ヤクザ組織への接触を図る犬神明のアニキ。いつものスポーツ代わりにいざこざを楽しむ雰囲気とは打って変わって、煮えたぎる憤怒で抑制が弾けそうになってる感じ、ビシビシ伝わってきます。
美美の母親である西田夫人や、ヤクザ社会の住人たちの描写がリアリティに溢れてて、この辺りも言霊使いのマジックなんだと思わされます。人間洞察の深さ。
志乃を情婦としていたヤクザの坂口は、全身を癌に侵されて生き腐れの無惨な姿を晒し、夫まで心臓発作で倒れてしまい、心神喪失状態の西田夫人は、心を操られて刃物を持ってアニキに襲いかかる…。
極度の疲労と、志乃の妖念に雁字搦めにされ、まさに西田夫人の刃物に刺されようとしていたアニキを救ったのは、西田夫人に対する憐憫、思い遣りの心でした。
『あなたはだれにも負けないわ……あなたが、だれかを救けようとしているかぎり、あなたは不敗だわ』
雛子さんが発したこの言霊は、もしかしたら私ども衆生全てに対しても、当てはまる真理なのかも知れません。
重要なシーンの一つです。
恐るべしは志乃の妖力…。
人狼の戦闘力も通用しないし、こんなに不気味な相手もいないですよね。
まさに現れるべくして現れた強敵。
🐺🐺🐺
雛子さんの紹介で会うことになる、真言密教の僧侶、松田祥智という人物もミステリアスですね。「インナー・スペース・セミナー」という怪しげな道場を開き、電子機器に関しての才能を持ち、そして拳法の使い手である。
もしかしたら、中国拳法を日本に紹介し、真言宗の僧侶でもあるという、松田隆智さんと関係あるのでしょうか。ちょっと偶然とは思えない。
松田隆智さん、当時既に著書を出しておられたようだし、平井先生も公式サイトのコメントから『拳児』を読んでらしたのは確かです。
キュートな金髪の美女、マイク・ブローニングに関しては、後の『人狼天使』篇にも登場してくれるので、ここでは触れないことにします。
🐺🐺🐺
ヤクザの親分宅に押し入って大立ち回りを演じて、全身ズタボロになって帰宅したアニキを迎えたのは、“座敷牢”を抜け出して駆けつけた雛子さんでした。
ここからの一夜のシーンは本当に美しくって、シリーズ中特筆すべき名シーンの一つです。
発する言葉の一つ一つに、お互いを心から尊敬して、愛している感情が滲み出ていて。
今作『人狼白書』のスピ的要素に反発された読者も多かったようですが、このシーンにおける雛子さんの神霊治療にも、違和感を覚えられるのかなあ。
雛子さんの真実の偉大さ、二人の出逢いの真実の意味合いを明かにするには、神霊的要素が不可欠であり、“凶眼”の持ち主大滝志乃がここで強敵として現れたのも、きっと偶然ではない。
新宗教のカリスマに影響された平井和正が心霊要素を作品に持ち込んじゃった…とか、そんな浅薄なことでは絶対なくって、ウルフの言霊 ~作家の潜在意識と言い換えても良いですが~ が、犬神明というキャラクターを十全に表現させる為に、平井和正にそういう経験をさせた…とすら思います。作家の潜在意識とは、それくらい神秘的で凄いものだと思います。
雛子さんの慈愛に触れたアニキは、凝り固まった悲哀や懊悩、おたかさんを喪ってからさまよい続けてきた暗黒のトンネルを、抜け出すことになる。
妻を救えなかった自己を、自分自身で糾弾し、処罰していたことをはっきり認識し、その愚かさを思い知る。
「他人を審くな、とナザレの男、イエス・キリストはいった。そのとおりだ。ならば、自分自身を恣意に審くのもよそうではないか。」
「まず自分を認める。責めない」
って、最近すごくよく聞くフレーズですが、この時点でアニキがこの悟りに達してたんですね。
記憶にある限りでは、雛子さんはもうこの後のシリーズには登場しなくて、もしかしたらこれが二人の(三次元世界での)今生の別れになったのかも知れないですが、この一夜でアニキの魂が経た経験は本当に大きくて、文字通り世界の趨勢を左右する重大事だったのかも知れません。
続きまっす