『人狼戦線』その3
郷子さまの山小屋で、来るべき闘いに備えて、岩や木を使用した原始的な武器づくりに勤しむアニキ。
この時、満月期にもかかわらず、アニキを襲った変調。
お腹に含んだ原爆の放射能のせいかと思っていましたら、どうもそうではないことが後に分かります。
アニキ“処刑”のために繰り出されたのは、小隊がいくつも連なった、中隊規模の襲撃部隊。もはや戦争クラス。
この時の戦闘が、犬神明史上、最も苛烈なものだと言って良いかも知れませんね。
相手はイタリアン・マフィアの暗殺部隊。
あわよくば狼男の生体を捕獲しようという思惑のあったCIAと違って、小型核兵器のスポンサーとしてのメンツを潰されたマフィアが、「死刑執行」の為だけに繰り出した精鋭部隊。
満月期を過ぎた上に、奇妙な衰弱状態にあるアニキは、弓矢、ビリヤードの玉、指弾、ブーメラン等の原始的な武器を駆使して、暗視装置すら備えた部隊を討ち倒してゆく。
さらなる増援部隊の接近を知り、体力、気力ともに潰えそうになるアニキを蘇らせたのは、郷子さまの言霊であり、このあたりは今作最大の見所の一つです。
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「まだ闘えるはずだわ。これしきで気絶したら、悪漢ウルフの名が泣くわよ。狼の誇りにかけて闘い抜きなさい。もっともっとつらいことはいくらもあったでしょ」
顔前の夜目にも白い女の顔が、見慣れた郷子のそれでなく、別人のもののように見えた。
「あなたが敗けるはずはないわ。ウルフ。不浄の人間たちにあなたを滅ぼすことなんかできやしないのよ」
やはり別人が喋っているようだった。重々しい森厳な声の響きだった。気のせいか、郷子の面輪は白い微光を放っているように思えた。
「あなたのふるう力に限界はないのよ。なぜなら、それはあなた自身、力の源泉ではなく、通路にしかすぎないのだから……力尽き果てたと思うのは、錯覚にすぎないわ」
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郷子さまが裡なる神性に目覚められた瞬間ですね。
前作『人狼地獄』でライオン・ヘッドの妻になられた辺りから、内面への探究は始まっていたのでしょうが、きっとアニキとともに郷子さまも、さらに加えて作者である平井和正も、大きなターニング・ポイントを迎える時期だったんでしょう。
増援部隊は重装備のヘリコプター。しかも2機。マフィアの本気度が窺えます。
1機はエスキモー・スリングで撃墜するものの、ついに力付き、死を覚悟した瞬間……
元全学連リュウが放った核爆弾が爆発!
人畜無害だと思われたリュウは、アニキの吐瀉物に紛れていた、銃弾型核爆弾を奪い去っていた。
この辺りはもう、息もつかせぬ怒涛の展開。
アニキ何回死にかけてるんやろう。
重度の傷を負い、自衛隊の基地で目覚めたアニキは、月齢(二十日前後)にそぐわない回復っぷりを見せる。
これは、郷子さまの超常能力の手助けによるものであり、自衛隊によって救出された時点では、心停止の状態であったことものちに知らされる。
包帯だらけのアニキと、軽く命もかかったスリリングな対話をする内情の矢島。この二人って、なかなか良いコンビですよね。
アニキの知的レベルに合わせられる人って、なかなかいなさそうで、そこいらも根深い孤独感の一因かなと思えるのですが、矢島は対等以上に応じることができて、言葉は機知に富んでいて面白いとすら思える。
もちろん、最初はシビアな目的のみを持って近付いたのでしょうが、次第に感化されてアニキに肩入れするようになる様子は、きっとポーズだけではなさそうです。
ちなみに、別れ際にアニキが語った「一霊四魂」の話しは、ハマモトスエオ氏の著書の影響かと思えました。
大峰山に登った著者が、天河弁財天社の社務所で見出したのが最初だということなので、時期的にも合っているかなと。
相次ぐ危機を乗り越えて生き延び、最後のミッション、核兵器の奪還に向かうアニキ。
大規模なアクション・パートはこれで終了となりますが、この小説の本当の凄さはここからです。