『人狼戦線』
〈銃弾型超小型原爆〉を隠した丹沢の山中へ「世界平和促進会議」の連中を案内し、あえて追跡を許した内情のレインジャー部隊との銃撃戦の末、奴らは殲滅される。
最後に“サクラ”が放った三発の小型原爆は、いずれも不発で、発砲音のみが虚しく雪山に響く。
「世界平和促進会議」と名乗った謎の組織、「北鮮の特殊部隊で訓練を受け、過激派と同列に置けない」というほどの、闇のエリート集団だったようです。単なる過激派ではなく、暗殺教団に近いとも。バックに左系の存在があることは窺えますが、もっと怖い、闇の教団などが、関わっていたりするのかも知れません。
彼らが理想とする「平和」ってどういうものなんでしょう。
裏切り、粛清、暴力に満ちる恐怖の世界が、もしかしたら彼らにとっては理想そのもので、屈強なレインジャー部隊に銃撃される恐怖(喜び)に打ち震えながら、至福のうちに死んでいけたのかも知れません。
令和のリアル世界でも、直近の情勢として、政府与党と半島系の宗教団体の繋がりが明らかになったりして、「平井作品にはもう全部書いてある」ことに、改めて驚かされます。右も左も東も西も、大元は全部繋がっていて、マッチポンプで出来レースやってるだけなんですね。
郷子さまとチコの解毒剤を手に入れるべく、高級住宅街にある組織のアジトに引き返すアニキでしたが、“サクラ”から伝えられた合言葉は嘘であり、隠し場所を知る“キク”は、憎悪と狂信の毒念を撒き散らしながら、毒を服んで自死してしまう。
裏切りに次ぐ裏切り…。
絶望の淵に沈むアニキ…。
しかし、口封じの為に撃たれてしまった、瀕死の高木麻須美こと“ケシ”が、最期の力を振り絞って、解毒剤のありかを伝えようとする。
「喘鳴がとまり、女は動かなくなった。絶命したのだ。口許にかすかな笑いに似た表情が刻みつけられていた。奇妙なほど優しい和やかな表情だった。」
まさに救済の平穏のうちに、死を迎えた彼女。
他者のために命懸けで闘うアニキの姿は、絶対に裏切ることのない本物の男の存在は、暴力の世界にどっぷり染まっていた工作員の魂を揺り動かし、解放してしまうほどの、圧倒的な“熱”に満ちていたんですね。
郷子さまは郷子さまで、チコを救うべく銃創を負ったりして、一連のシーンでアニキと交わす言葉が、友情と愛に満ち満ちていて、もう名言ありすぎて「一言三拝」くらいの感じで味わい尽くしたいよ(泣)
この辺りから、白蛇が脱皮するみたいに、郷子さま本来のお姿にどんどん変化してゆかれて、もしかしたら愚劣すぎる人間たちを目の当たりにして、瞋恚の炎で内面を満たすことが、そのきっかけの一つであり、郷子さまにとっても必要な揺さぶりだったのかも知れません。
解毒剤を注入し終わり、安堵したのも束の間、今度はアジトがロケット弾で砲撃されるという、まさに一息つく暇もない怒涛の展開。
これ以降の戦闘は、イタリアン・マフィアとの戦いになる訳ですが、この砲撃だけは、内閣情報室が主導しているように思えます。
丹沢山中で“サクラ”が使用した核爆弾はいずれも不発に終わり(とこの時は思われた)、後は国内での核兵器製造を知る者の口封じと、「世界平和促進会議」の残党狩り。
もしかしたら「世界平和促進会議」という極左グループにしても、そもそも内情が裏でスポンサーになっていて、その証拠隠滅のために砲撃した可能性もあるし、もうどこに真実があるのやら、きっと当事者でもはっきり分からないんでしょうね。
……というか、この時点で核爆弾は三発ともアニキのお腹の中にあった訳で、もしロケット弾アニキに直撃とかしてたら、もう大惨事では済まないえらい事態になってた訳で……。魔王ダンガーの悪夢再来。こわいこわい。
郷子さまの機転(というかほぼ超常能力)によってなんとか砲撃を逃れ、準備を整えた上で身を隠そうとするアニキたち一行ですが、ついにチコが精神的な限界を超えてしまって、アニキにはっきり離別を告げる。
この時のチコが剥き出しにした、憎悪と嫌悪が、アニキの魂をズタズタに引き裂いてしまう。
おそらくきっと、これだけの事ではなくって、数々の苦難を乗り越えてきたアニキの魂は、折れ砕けるほんの一歩手前だったんだと思います。その最後の一蹴りを、チコが果たしてくれた。
チコちゃん、君のやったことは、命懸けで救い出してくれた大恩人に、唾を吐いて足蹴にするような非道いことなんだよって、思いっきり叱ってやりたいけど、でもアニキはどんなことになっても、彼女を責めることはしないんでしょうね。旦那と赤ちゃんとで築いたささやかな生活が、世界の全てであるという彼女の気持ちも、痛いほど分かる。
どんなに強靭に見える男でも、弱点を秘めている。
その優しさゆえに、魂に負った傷も深く、それを初めて意識した時に、人生最大の強敵に襲われることになる。
この物語が『人狼戦線』と名付けられた意味がよく分かりました。
続きまっす