『魔境の狼男』その2 | 平井部

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後半パート「人狼地獄」篇においては、章題にふさわしいまさに悪鬼そのものなニンゲンたちの悪業が描かれます。

 

 

 

 

 

 

目的の異なる複数の組織から、アニキに対して加えられる拷問につぐ拷問……。

 

 

ブラジル政府の秘密警察に囚われ、目の前でエリカの妹、バルバラ が拷問を受けんとする際、憎き(!)ラセルダ警部に対して慈悲を乞うて見せるアニキの姿には、マジ泣きさせられました。

 

 

「おれを拷問しろ、ラセルダ。(中略)どんな目にあわされても文句はいわない」

 

「だが、バルバラ を拷問するのだけはよせ。自白することがなにもないからだ。おれは今まで一度も他人に慈悲を乞うことはしなかった。だが、今度は誇りを捨てる。ラセルダ、あんたの慈悲を乞う。お願いだ……」

 

 

この言葉に、どれほどの覚悟と愛が込められてるか。

 

 

バルバラ はそもそも、エリカ殺しの疑いをアニキにかけて、壮絶な拷問を加えた挙句に幾度も殺そうとしてきた女ゲリラです。そんな存在を救うために、誇りを捨てて自ら暴力に身を晒そうとするなんて……。

 

アニキの体現する愛の深さ、まさに救世主レベル

 

個人的には、間違いなく今作のクライマックスでした。

 

 

 

しかし、この衷心からの言葉を、ラセルダは嘲笑い、平然とバルバラ に対する残虐な拷問を続行します。

 

拷問のための拷問。

暴力のための暴力。

 

この秘密警察をはじめとする、闇組織の構成員たち、真実を明らかにする気はさらさらなくって、陰惨な拷問を加えて、自分たちが望む反応を引き出すことだけが目的なんですね。

 

 

ちょうどこの頃は「人類ダメ小説」のピーク期にあたりまして、闇人間たちはそれこそが自分たちの存在意義であるかのように、悪業の瘴気を振り撒きながら、暗愚で凶悪な所業を繰り返します。

 

 

もちろんこれはフィクションなのですが、現実社会ではこれよりももっと残虐な行為が行われている。

 

 

ラセルダ警部も、シリーズ随一のキモさと残虐さを誇る拷問吏ハンスも、残念すぎるくらいにあっさりと命を絶たれることになりますが、アニキが怨念を抱くにも値しないくらい、軽い奴等だったということでしょう。

 

 

バルバラ が、最後の最後に真実に……アニキの優しさに気づいて、アニキの負担を減らすため、自ら毒蛇の牙にかかるシーンは、しみじみ良いですよね。

 

意図されたものではないのでしょうが、“魂の救済”を想わせて、僕たち読者を含めた迷い子たちに、温もりを分け与えることが、アニキの大きな使命なのかなと思えます。

 

 

 

自らを散々痛めつけた秘密警察の政治犯収容所を爆破してやってから、アニキの復讐行は敵の本丸へ。

 

ブラジルの部隊内に侵入していたKGBのエージェントが、アニキに助力を申し出るのですが、同じく暗躍するCIAと、裏で諜報戦を繰り広げているらしい。

 

 

KGBすらその存在を確認できなかったその秘密組織のトップは、“竜(ドラゴ)”とあだ名される大地主で、私設軍隊も有する広大な基地は、アマゾンの奥地に存在する。

 

 

 

この謎の巨大施設の目的が、なんと「インディオを使用した人体実験」という、おそるべきもの……。

 

研究所のリーダーが、“悪魔の医者”と呼ばれた旧ナチ特殊部隊隊長、ヨゼフ・メンゲレ

 

有色人種にのみ作用する病原体をはじめ、「劣等民族(有色人種)抹殺計画」を大真面目に研究している。

 

実験に使用されるインディオは、アマゾンから狩り集められ、それは「インディオの根絶」を裏では望む、政府側の思惑とも合致して、合意の上に進められている。

 

まさに悪魔の所業……。

 

 

これは後に明らかになる「不死鳥計画」にも繋がっていそうで、おそらくバックにCIAが居て、資金的な援助もしてるんでしょうね。

 

インディオたちも、実験だけのために数千、数万のオーダーを誘拐されることは考えにくくて、もしかしたらもっと怖い目的のために他国に移送されてたのかも。

 

 

このヨゼフ・メンゲレ氏、「不死鳥作戦」の一研究者だとしても、大した期待はされてないようで、かつての大物なんで、一応閑職は与えて好きにさせといたるか……って感じでしょうか。

 

不死身人間たるアニキの存在も、情報としては聞いていたようですが、全然本気にしてなくて、もう老体の妄執だけで悪鬼みたいな研究に邁進してたんでしょうね。

 

 

 

この私設軍隊を備えた悪魔の基地、満月期の怒れる狼男によって壊滅させられるのですが、もしかしたらエリカ暗殺を指示した「本当の黒幕達」にとっては、織り込み済みのことだったのかも。

 

万一、狼男の生体が手に入ったら最高だけれど、そうでなくても、いささか手に余るようになってきた厄介な巨大施設を、関係人物ともども破壊してくれたら御の字だと……。

 

なんとなく、裏でほくそ笑んでる存在が見える気がします。

 

 

 

軽く余談にはなりますが、アニキを最後まで違う意味で苦しめるドナ・フェレイラは、“ドラゴの妻” ブリジット・ニールセンを想わせますね。

 

最近『ロッキー VS ドラゴ』を観たばかりなんで、“竜(ドラゴ)” 繋がりもあって、もうそれ以外には見えなかったです。あれを背負ってアマゾン疾駆するの、大変やったやろうなと…。

 

 

 

 

『魔境の狼男』、愚かすぎる人間達の諜報戦と、それに相対するアニキの魂の高貴さ。

 

単なるアクション小説としても存分に楽しめますし、平井和正最初の作家的ピーク期にものされた、抜群に面白い名作の一つです。

 

これからさらにさらに、深いところまで行きます。