不定期更新“でも 走るのだ!!!” -35ページ目

不定期更新“でも 走るのだ!!!”

60km超を走り、次なる目標はナンジャラホイ!
気が向いたら更新!
 2024よりブラスバンドでトランペットを吹いています
 

ベルギーの映画で

2011年の作品で

日本で公開されるのは今回初めて、ごく限られた映画館だけっぽいです

検索しても映画感想サイトのまとめページしか出てこない

ブログで評を出すのはこれが日本初めてだったりしてw






(あらすじ)
ハンデを持つ三人組が初体験をするためにスペインに旅行に行くぞ!

行けんのか?


(ネタバレ感想)

キネジュンあるある「映画の言語がわからないwこれ何語?w」

観ていて、ベルギービールを飲むシーンがあったので
「ああ、ベルギーの言葉ね、、、、きっとw」

キネマ旬報シアターさんのチョイスする映画を信頼してるので、なるべく前知識は入れないようにしていて「どこの国の映画か?」なんて知らないで見ることもしばしば。



最後の“歩いて集合するシーン”で泣いた
あれが「三人の本当に望む夢なのかなあ」と思ったら涙がジワリ




障碍のある人が出てくる映画によくある「大変だねー」ってのは介護者との和解の前にちょこっと出てくるだけ
「意地を張ってピンチになる」シーンはあんまり見たくない
「素直に一所懸命やってるのにピンチになる」のはもっと見たくないけど、、



(夢)
「障害がなかったら何がしたい?」と聞かれて

「絶望している人」は「不可能な夢」を言う

「希望を捨ていない人」は「今からでも可能性のある夢」を言う

「もっと具体的な希望がある人」は「言わない」

(まとめ)
この辺だと柏でしか見られない貴重な映画
面白かった!
キネジュンに通っててよかった!!

(おまけ)
「パス利用可」が空目で「パス利用不可」に見えてたずっと

お金を払おうとしたら「いりません」言われた

千円トクしたー!!!いえーい!!!
これで最後、って言ってから今まで書いたのを読み返しました。


「今は悩んでいない」けど、その理由は後ほど、、、


、、、って、言ったのがそのままになっていたので書きます。





てんちょーは今、吃音で悩んでいません。

「昔より軽くなったから」ってのもありますが、1番の理由は



「どもってはいけないシチュエーションが来ない」からです。



今でもどもります、、が「吃ってはいけない」場面に出くわすことが仕事でもプライベートでもないのです。

仕事はお嫁さんとしています。

ちょっと前までは電話はお嫁さんにかけてもらっていました。(今はかけられる)

業者さんへの電話も自分でしています(こっちがお客なので吃っても問題ない)

とにかく、


「吃っても無問題」な生活環境にあるので悩んでいないのです。


「吃音で悩んでいる人」とか言われれば、、、w


「頑張ってここまで来た」というよりは

「ごまかしごまかしここまで来た」って感じです。


若い頃は「この先どうしよう」というよりは

「まあ、なんとかなるだろう」と思っていました。

実際、なんとかなりました。


出された課題を完璧にこなす、と考えずに

「できるだけのことをやる、あとは知らない」って考えでいればなんとかなるのかなあと思います。




いいこともたくさんありますよ。
最終回です



終わってしまいました



連続のテレビドラマによくある「たびかさなる進路変更」を感じました





さくらが手術をして、それをきっかけに吃音が治らないかな?とも思いました

まあ、直接関係のないことでも、それがきっかけで改善することはありますよ、きっと





てんちょーは「父親」が「お隠れになって」から、変わりました


偶然かも知れません、、父が亡くなってからが電話が(つっかえながらも)普通にかけられる様になりました


このブログで吃音の話をするのはとりあえずこれでおしまいです

だらだらとやっても同じ様な話ばかりになってしまうので、、、

吃音ネタが目的で読んでくださった方とはお別れです


またなにかあったら、なにか書くかもしれません


それでは





(おまけ、関係ないどうでもいい話)



人の一番古い記憶がその人の人生を象徴する、という説があります


てんちょーの一番古い記憶は「父が母に何か文句言ってる」ビジョンです


そして

父親との一番古いコミニケーションの記憶は

父「○○ってしゃべってみろ、、ああw言えないでやんのw」(うれしそう)

父「じゃあゆっくり言ってみろw、、言えた、、、」(残念っぽく)

父「じゃあもっと速く、、もっと速く、、言えないw」(うれしそう)

父「ほら、もういっかいwもっと速くw」

母や他の家族がいない時に何度もやられました


この事は父が亡くなって、吃音が軽くなってからはっきりと思い出しました



父は7人兄妹の末っ子でした

ずーっといじをやかされてたそうです

甥っ子や姪っ子が現れてやっと「自分も意地悪が出来る!」となっても出来ませんでした



子供をいじめてもその親(上の兄弟)に報復されるので思う様にならなかったのだと思います



父親にとって「意地悪をしても仕返しをされない家族」はてんちょーが「人生初」だったので仕方が無かったのかもしれません


その行為がてんちょーの吃音に関係があるのか?ないのか?はわからないです

吃音のメカニズムが科学的に解明されていないんですから、、、


そうだったとしても、死んじゃったんで恨んでもなんにもなりません


ただ

「吃音気味の子供にからかい半分で無理矢理しゃべらす」のはどうかと思います