N は私に、「総務(本社)に相談してもいいが、公的機関の方が、より公平かもしれない。総務に連絡しても、回覧が回ってきて、「~に気をつけましょう。」程度で内々に終わるから。」と、不思議なほど勧めました(2010年12月)。
本社の総務部 に、私がNに、再三求めても、関係者や私を一堂に会して話し合いの場を持たないこと、そして自宅待機になったことを相談しました。何の変化もありませんでした。(2011年 1月)。
自宅待機を前に、毎回更新手続きを担当していたY に、「春からまた、通常通り勤務できますが、自宅待機があると、春からの時給は振り出しに戻るのですか?」と聞いたときに、「いや、今の金額で。」とY が答えたので、それを信じていました(2011年12月)。
同様に、N やM にも、春からまた勤務できる旨伝え、Mは、「3月になったら連絡ください。」と言っていたので、そのつもりでいました。閉め出す素振りは見られませんでした(2011年12月)。
思い返せば、自宅待機になる前に、Yが、「何もここで水泳の先生をしなくても、絵の方でやっていけるじゃないですか。」と私にいいました。「絵一枚で、いくらもらえるんですか? 100万円ですか?」と聞かれました。 履歴書に正直に書いた、ある外国で仕事を持っていることが、仇となりました。
自宅待機中、Yから手紙が届き、「I を許してあげてください。お子さんの気持ちは、きっと大丈夫ですよ。」という内容でした(2011年 1月)。
水泳場との連絡は、N との電話連絡のみで、I やT と比べて公平な対応とは思えず、私の精神状態は、非常に追い詰められていました。(2011年1月)