3月に、こちらから電話をすると、「シフトが一杯で、入れない。」とM
から、電話で言われました。「ずいぶんひどいじゃないですか。「3月になったら連絡ください。」といっていたじゃないですか。一言私に聞いてくれてもいいじゃないですか。春からまた勤務できると知らせていたじゃないですか。」と私は言いました。
「これは、私が決めたことでなく、上二人(N 、K )が決めたことなので。K は、競泳のコーチなのですよ。Nから電話させます。この春から、業務拡張により、辰巳水泳場にも入ることになりました。それに伴いIは、異動になりました。I の異動は、あなたとのことは、関係ありません。私は、これから指導があるので。」と彼は切り上げました(2011年3月11日)。
なぜ、そのK も、「一度、皆で話し合いましょう。」と提案しなかったのでしょうか。競泳以前に人として基本的なことです。面識のない人ですが、その対応にも失望しました。
N から電話があり、「シフトが一杯だもの、仕方がないじゃないか。」と言われました。「春からまた、勤務できると言いましたよ。ひどいじゃないですか。」と言いました。
「そんなこと、聞いていません!」と言いました。「今頃勤務できると言っても、もう場所はない。契約は、3月までです(その割には、1~3月は、契約期間でも自宅待機)。弁護士でも何でも頼むと言い!こっちはこっちで会社の弁護士がいる!仕事が忙しいので。」と、彼も切り上げました(2011年3月11日)。
その後震災が起こりました。我が子を迎えに学校へ行く途中、震災と同時にその中高年男性達の、私をだますような集団行為のショックは頭から離れませんでした。 5人もいながら、「こんな行為が、管轄の教育委員会に知られたらまずい。」という考えはなかったのでしょうか。(2011年 3月11日)。
私は、お菓子を作るのが好きで、よく水泳場に、人数分まかなえるような大きなケーキを焼いては持って行っていたことが思い出されました。それをしたからどうというわけではありませんが、日本人不信になるような出来事でした。外国人の中高年男性は、集団でこんな行為はしません。
知り合いのインターナショナルスクールの校長から、「体育の授業で、水泳を教えてくれるところを探している。」といわれ、私は水泳場を紹介しました。ある意味、私は貢献したのに、ひどい扱いをすると思いました。
それは、校長にも個人的に知らせましたが、他に施設がないので、未だにインターナショナルスクールは、入っています。