THE EVERLASTING MAZE -9ページ目

THE EVERLASTING MAZE

音楽と酒と拉麺を無限再生する勤労女子の記録

…ブログ放置プレイ 13日と12時間


自分的には休むつもりはまったくなかったのだが、


ふと気付けば半月近く更新が止まっていた(汗)。



というのも、この間に 人生初の体験 をしたり、


人生初の病気になったりといろいろあり、


かつ仕事もワンサカ振られていたわけで。


しかし、このブログを見ている人なぞ数が知れてるのに、


更新しないと 妙な罪悪感 に苛まれるのはなぜだろう。



かわいそうに、きぬごし もすっかり弱ってしまった。


いくら半育児放棄していたとはいえ、


我が子が衰弱していくさまを見るのはさすがに心苦しい。


…ん?このブログのウィンドウで見ると「そこそこ元気」なのに、


メロメロパークで見ると「まっき」になってるじゃないか。


一体どっちだよ(怒)!!!



さて、前置きはこのくらいにして、


純白のきぬごしを放置プレイしていた間に


著者は 純白の大地 へと足を踏み入れていた。


そう、それこそが「人生初の体験」である。



「純白の大地」とは、他にもない 雪山 のこと。


しかし 前に書いた ように


雪山へはすでに足を踏み入れたことがあるので人生初ではない。



「人生初の体験」とは



 =雪上一枚板滑走



すなわち英訳すると



 =スノーボード



これから人生26年目にして スノボデビュー を飾った


ヘタレ日本人の奮闘記をご覧に入れよう…



(たぶん放置プレイはせずに続く)

ファージャケットの抜け毛に気を取られていたら、季節はもう春。


ここいらで「詳細は後日」 と言って延び延びにしていた


雪山遭難事件の真相 を書こうと思う。



1992年12月。


中学に入学して初めての冬休みを迎えた私は、


学校主催の スキー教室 に参加することになった。


人生初のスキーだったので 初心者コース に申し込み、


バスに揺られて着いたのは志賀高原。


翌日から8人ほどのグループを組んで 香田晋 似のコーチに師事することに。



スキーを習得すること三日目。


香田晋 が我々を 山のコース へ連れて行くと言い出した。


「スキー始めてまだ三日しか経ってないのに
そんなん無茶だよ!」


と思ったが、自分だけその場に残るわけにもいかず渋々ついて行くことに。



連れて来られた山は 想像以上に急な斜面 で、


私は転んで尻もちをついてばかり。


ふと辺りを見渡すと、さっきまで一緒に滑っていたクラスメートの姿が見えない。


「あれ?みんな先行っちゃったのかな…
まあすぐ追いつくだろう」


しかし進めども進めどもクラスメートは見つからず、


日が傾き始め、気温まで下がりだした。


さらに他のスキー客もいなくなり、私は 雪山に一人ぼっち


残りの体力を振り絞って先へ進もうと試みるが、


体は冷えるわ、足は痛いわで動けなくなり、とうとう雪面に座り込んでしまった。


「ああ…私このまま
ここで死んじゃうのかな…」



無念で涙が出そうになったその時、頭上から叫び声が。


「お~~~~~い!!!
大丈夫か~~~~??」


山の頂上のほうに目をやると、なんと担任の先生が私を呼んでいるではないか。


ああじいちゃん先生、アンタは命の恩人だよ…



こうして私は一命をとりとめ、じいちゃん先生の肩を借りながらやっとの思いで下山。


待ちくたびれたクラスメートは開口一番


「遅かったね~」


てめぇ、人を 放置プレイ しといて何言うとんねん(怒)!



しかし 香田晋 は懲りることなく、


翌日も我々を モーグル並みにデコボコな


急斜面のコース へ連れて行き、私はもはや尻ですべるしかなかった。


「こんなんだったら子供用のソリに替えてくれ~~~!」


と心の中で叫んだことは言うまでもない。



私が次に雪山へ足を踏み入れるのはいつの日か…


(いや、一生ないかも)

先月、わずか一日で 人生初のバイト


クビになってしまったきぬごし。


しかし、彼はすっかり渋谷の街が気に入ったようで、


今日は一人で 渋谷界隈の探索 に出かけたようだ。


きぬごし(着地)


おいきぬごし、まずどっから行くんだ?


き)ゆくせんたー!


 おお、センター街か。
 渋谷のド真ん中だからやっぱそこは制覇しとかなきゃな。


き)ほとんどこうさてん!


 うんうん、渋谷の駅前はスクランブル交差点だらけだよな。
 気をつけて渡るんだぞ。


き)ほふほふ…到着


 よしよし、無事にセンター街着いたか。
 んで初めての渋センはどんな感じだ?


き)いいかんじ!いいかんじ!


 う~ん、すっかり気に入ったみたいだな。
 これからどこ行くんだ?ゲーセンか?それともカラオケか?


き)女の子おかわりっ!


 おっ…女の子って……
 おまえナンパしてたんかい!!!



おい、きぬごし!
私はおまえをそんな風に育てた覚えはないぞ!


「いや~、もうガングロの時代も終わったし
これからは大豆イソフラボンたっぷりの
オレの時代かな~と思って」


…………



近い将来、ヤツがちゃんと「ひとりだち」できるのかどうか、


今から心配である…

昨日、ランチを終えてオフィスへ戻る坂道を登っていたときのこと。


停車しているトラックの周りに何やら人だかりが。


覗き込むと、トラックが坂道のカーブで 曲がりきれずに立ち往生 し、


道路をふさいでいる。



しか~し!


トラックの背後5センチ の所に停まっているのは


なんと メルセデス・ベンツのS500


Sクラスといえばベンツの最高級クラスであり、


500なら 新車で1200万 は下らない。



まさに 寸止めになっているのが奇跡 で、


あと5センチ下がれば 即ゲームオーバー


坂道なのでうかうかアクセルを踏むこともできず


まさに八方塞がりの状態で、


トラックを運転しているおじさんは 顔面蒼白



トラックの同乗者はあたふたとベンツの運転手を探しているようだが、


運転手は 一向に現れる気配がない


そうこうしている間にも対向車が次々に押し寄せて 現場は大混乱



こんな場面、めったに遭遇できるものではない。


ムダに興奮した私は同僚を巻き添えにして


「ぬぅおおおお~~~!

目の前でベンツがっ!ベンツがっ!

クラッシュの危機に瀕しておりますっ!!!」


と古舘伊知郎ばりの実況を繰り広げた。



その日は雨が降っていたし、午後から会議があったので


1200万のベンツがどうなったのかは知らないが、


トラックのおじさんの身の上 が気になるところである…

昨晩目に焼きついた おばちゃんたちのブラパン姿 にうなされ、


目覚めたソウル二日目。


午前中免税店でブランド品や化粧品を買い漁った後、


午後から ソウル名物の市場 へ行ってみることにした。



地下鉄の駅から地上に降り立つと、


食料品から衣料品まで見渡すところ一面に露店、露店、露店…


市場の人たちは我々を見た目で日本人と分かるようで、


食料品を売っているおばちゃんたちが


「オネ~サン、オネ~サン」と声を掛けてくる。


ほとんどの人が片言の日本語を喋れるようだ。


一方、偽ブランドショップのおじさんも


「カンペキナニセモノアルヨ~」と負けていない。


おいおい、完璧なニセモノって何だよ…(滝汗)



彼らの呼びかけを適当にあしらいつつ市場を物色していたら、


背後から誰かにいきなり腕をつかまれた。



「!?!?!?!?!?」



驚いて振り向くと、私の腕を握っていたのは


偽ブランドショップのお兄さん(推定年齢21歳)。



「オネェサンオネェサン、チョットキテヨ」



力が強くて抵抗することもできず、


ムリヤリ偽ブランドショップの店内に引きずり込まれる。



「オネェサンドッカラキタノ?

カンペキナニセモノアルヨ」


「あっ…いっいっいりませんっ!」



手を振り解こうとしても、お兄さんは馬の手綱を握るように


私の腕をぐいぐい引っ張る。



「イイカラオネェサン、チョットミテッテヨ」


「ももっもっもう行きますので!」



「…………」


お兄さんはふいに困った顔をしたかと思うと、


次の瞬間私の両手を握り



「オネガイシマス!!!」



と叫んで深々とおじぎをした。


出た~~~!今はなつかし「ねるとん紅鯨団」攻撃!!



「ねるとん紅鯨団」 を放映していたのは私が小学生の頃。


夜11時という時間や、男が女に愛の告白をするという内容に


大人の世界が垣間見える感じがしてドキドキしたものだが、


まさかこの歳になってそれを体験することになるとは…



しかしここは韓国。


「ちょっと待った~!」コールで助けてくれる輩もおらず、


ひたすら「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」と叫んで


全力疾走で逃げ出すほかなかった。



関節チョップとねるとん紅鯨団を身をもって体験し、私の韓国旅行は終了。


帰ってから、おみやげの 辛ラーメン の想像以上の辛さに


「テーハミング!」と叫ぶ韓国民のパワーをひしひしと感じたのである…



(完)