ブログを書かない事の意味 インプット情報の「タメ」を考える | 考える道具を考える

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何だか、忙しそうだね!
最近、そう言われることが多くなった。

自分では、そうは思わないけれど、
どうも、そう見えるらしい。

その根拠の一つに「ブログの更新が少なくなった」ことを指摘する友人がいた。

 私 「そんなに私のブログを熱心に読んでいてくれたの?」
 友人「熱心ではないけど、更新されると生きているなって思えるんだ!」
 私 「それは電気ポットがオンされることで安否確認ができる仕組みと一緒?」
 友人「まぁ、そんなもんかな?
    ライバルの存在が、俺には必要なんだ!
    ライバルが頑張っていないと、俺も頑張れないのさ!」

ははぁ。
でも、私がライバル?
ブログの更新が安否確認ね‥はは。

言葉による存在の主張。
私は、ここで生きているよ! っていう叫び。
誰が読んでいるかも分らない、
会ったこともない人との、暗黙の交信‥「更新」という文字は、「交信」という意味だったのかな?

でも、ブログを義務的に書こうとするのには限界がある。
3年書いてきて、義務ではなく、「タメ」を作って対応したい。
ブログを書かない日があっても、
私は、遠くの空で、密かに「タメ」ていると思ってください。

友よ! まだ、私は生きているよ! 

時々、アウトプットしますから‥‥。