知の巨人 松岡正剛さん「多読術」を読んで考えた | 考える道具を考える

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考える道具を考える-正剛多読術
「多読術」(松岡正剛著 2009年4月10日刊 ちくまプリマー新書)を読んだ。

嬉しい本だった。何せ、千夜千冊の松岡正剛さんの、いわば読書のノウハウ公開の一冊だったからですね。土日を休んで毎日一冊の本を取り上げ、原稿用紙10枚から15枚の「感想」を書く。1000冊に向かう途中から私は千夜の世界に入り込みましたが、この「感想」を読むだけでも大変だったのに、読んで書く、書き続ける巨人の本との係わりに驚愕していたのでしたね。


本を読むことは、オーケストラを聴くことと似ていると思っている私は、本著から「本を読む」という行為の本質を見たいと思ったのでしたね。

読み方のスキルは、沢山書かれている。私が感心しているのは、「マーキング読書法」と巨人自らが名づけている方法ですね。「本はノートである」という定義。まるで校正紙のような姿になっていく本の各ページ。これが本を編集しながら読む、リデザインするという発想です。

この方法の根拠は、こんな言葉の中にあります。

 ‥自分の気になることがテキストの“どの部分”に入っているのか、それを予測しながら読む。

この二つの方法論が巨人の術なのだと思いましたね。そして、本は再読する。かつて読んだ本を、今読んでみる。すると、そこには時空の大きな開きがあって、かつて読んだときの記憶との差異に驚くといっています。再読することの楽しみ。それは、自分の歴史との再会とでもいえばいいのでしょうか?

私は、毎年新年を迎えた最初の読書は、カミュの「変身」です。毎年読んでいます。文庫の汚くなった一冊から、その年が始まりますが、毎年毎年、その同じ本は、私にとってまったく違った本として存在していることに気がついています。その差異を楽しんでいます。

本著は「多読術」とタイトルが書かれていますが、そこには様々なジャンルの複合的読書の勧めと同時に、同じ本を多読することも勧めていると気がついて、とても嬉しくなりました。