3月29日日曜日。
テレビ東京ソロモン流に登場した「株式会社タイタン」の代表取締役社長太田光代さんの番組を観た。
爆笑問題の太田光さんの妻であり、芸能プロデューサーでもある。
新しい女性の生き方として、様々なメディアに自ら登場し、注目を集めてもいる。
爆笑問題の太田さん田中さんと3人で極貧の時代に始めた事務所経営。ライブを中心とするお笑いの新しいスタイルを確立したアイデア力。自らの苦悩の日々に救ってくれたハーブなどの癒しのスキルをビジネスに転換しているショップ経営者としての哲学‥などなど。
その軌跡を辿っていく番組ではあったが、観ていてベタ感覚がほとんど伝わってこないのが不思議だった。かつての浅草芸人の関係者であれば、その生き様そのものがドラマにすらなった。しかし、太田光代さんの、ある意味壮絶な成功物語もまた同様の煉獄の苦しみの中で駆け抜けてきただろう軌跡を描いているのに、何故かそこに流れている映像の向こうからは、淡い時間の流れとでもいうような、淡々とした世界が展開されているだけのように見えたのでした。
この感覚は何だろう? そんな気持ちで観ていました。
虚無感とまではいえないでしょうが‥。
番組の描き方の特徴なのか?
それとも現代の成功物語にベタな描き方は似合わないのだろうか?
そして、ふと気がついたのでした!
テレビが変わろうとしているということを!
TBSの情熱大陸も、テレビ東京のカンブリア宮殿も、天才学者の素顔が見えるNHKの爆問学問も、そこに登場してくる現代のユニークな人物の描き方は、その人の生き様を描くのではなく、その人物を通して時代を描こうとしているのだ。時代を描こうとするから、時代の生きることに対する希薄感が出てしまうのではないか? ‥‥ということを。
だからでしょうか?
ノーベル賞受賞の天才科学者益川敏英教授がゲストとして登場した情熱大陸の描き方も、たった6枚の論文の内容を紹介するのではなく、天才学者の生活人としての側面ばかりだった。
‥見えない一定の枠組みの中の破天荒!
大衆に許される範囲内の天才的ひらめき!
理解されなければ存在しないという恐れの中で、テレビが現代の人物を描ききることはできないのかもしれないな‥。