不況はモノの価値観を変える絶好のチャンスと捉えたい! | 考える道具を考える

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The instrument which I think

私はモノを捨てられない性格なので、自分の部屋にはモノが溢れかえっている。

曰く、貧乏性。

駄菓子のようなモノから高級な柘植のパイプまで、特に略脈もなく、マニアックに同じジャンルのモノが集積されているわけでもなく、関係性からみれば支離滅裂なものばかりが溢れかえっています。

他人はこれらのモノを「ゴミ」と呼び、私はこれらのモノを「アイデンティティ」と呼ぶ。

保存すべき必然性のないモノはガラクタであり、確保しておくことに意味はなく、だから「捨てる」べきだと周囲は主張する。しかし、私にとってそれらのモノ達は、仮に使用価値がほとんどないものであっても、私の心の中では絶対価値となって存在しているのだ。つまり「記憶」を引き出す重要なオブジェなのですね。

そんな中、大不況時代になって、世の中ではシェアリングなどという手法が話題になるようになった。例えば車を自分で所有するのではなく、幼稚園の送り迎えなどで使う車は必要な人達でシェアしようという考え方だ。

買って捨てる‥というモノに対する価値観が、大不況のお陰でモノを大切にする、使用価値を共有するという合理性が重視れるようになったのですね。

モノを大切にする、もったいない、こういう価値観は、大量消費社会の中にどっぷり使っていた日本人がしばらく忘れていた価値観ですね。復活すべきは、こうしたモノに対する価値意識の変換なのですね。

私の部屋のモノ達が、ようやく晴れ舞台に立てる日が近づいたと喜んでいるようで嬉しくなってしまいます。とはいえ、本当に私の記憶にとって、モノが残されていることが幸福なのかどうか‥‥それは何とも言い難いのも事実ですが‥‥。