日本テレビ「日本史サスペンス劇場特別版 東大落城安田講堂36時間の攻防戦」を観て | 考える道具を考える

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日本テレビが放映している日本史サスペンス劇場。(この番組はもっぱら戦国時代を取り上げることが多いが‥)
昨夜は、「日本史サスペンス劇場特別版 東大落城安田講堂36時間の攻防戦…40年の真相SP」として8時頃から2時間の特別版が放映されましたね。

団塊の世代の多くは、1969年1月18日から19日の安田講堂事件と呼ばれる攻防戦のことを記憶に留めている人が多いでしょう。まぎれもなく同時代の体験者として、あるいは当事者として‥。

放映された内容は、これまでのこのテーマに関する映像作品の中では比較的良くできていたと思いますが‥‥但し、タイトルにある「40年の真相」というほど「真相」はほとんど語られていなかったのも事実ですね。所詮バラエティ番組の延長上に位置づけられた番組ですからね‥。


  あの時代に、学生は「大学を占拠」してまで勝ち取ろうとしていたものは何なのか?

その問いに答えるには無理がありすぎました。


私が同時代を生きて今言えることは、

  ‥あの波を起していた背景には、自分の生き方に対する「問い掛け」だけがあった。

ということ。あの活動は、政治的なイニシアティブを獲得することに目的はなかった。現状に対する自分への問い、「主体性」への問いかけが根底にあったということです。そして、全国に一気に波及していった全共闘の活動は、その問いの普遍性において共有化できていたということでもあったわけですね? 

共通の意識を時代の中で持つためには、象徴としての眼に見える舞台が必要となります。大学を占拠し、拠点に旗を立てるという行為は、こうした内なる問題意識の表現にとって必要不可欠なものだったと考えられます。その象徴が、日本の政治経済の中心となる人材を輩出する東京大学であり、安田講堂だったといえるかもしれません。

  ‥あなたは、それでいいのか? 何をなすべきか?


一人ひとりに向けられたこの問い。それが時代への問いでもあったわけです。

だから、今でも、この時代に生きた人達は、これらの「事件」に関するコメントができないでいるのでしょう。何故なら、この普遍的な問いかけは、多くの同時代人に共通していても、答えは一人ひとり異なるからです。そして、今でも、心のどこかで、この問いを自分に向けて投げ掛け続けている人が多いからです。


  ‥答えは、まだ、出ていない‥

‥‥

【不思議な親近感】その当時、学生だった私は、警察官の友人が何人かいました。私は学生の立場で「自問自答」していましたが、警察官の彼らもまた「自問自答」していました。街の路上で対峙する学生と警察官は、その意識の底では「通底する何かを共有していた」と感じていました。敵は彼ではない。自分自身の中にいる何かだ‥‥これが共通した意識だったように記憶しています。