出張の多い私は、
JR新幹線に乗ると必ず座席の前に差し込んである旅行誌「トランベール」を読むのを密かな楽しみにしている。
何故ならこの誌面の巻頭で
内館牧子さんが旅にまつわるエッセイを連載しているからだ。
内館さんの文章は、大変勉強になる。
人間のかかわりの機微が溢れるテーマ性。
簡潔な文。緩やかでいて切れの良いリズム感。
そして、話の落ちがきちんとある起承転結。
例えば、11月号は、「踊り子号の男」と題するエッセイが掲載されている。
‥ある日、私は伊東に向かうために「踊り子号」に乗っていた。
列車が湯河原を過ぎた頃だったと思う。
突然、嗚咽が聞こえてきた。
これが書き出しである。
嗚咽の主は、50代の男らしい。妻に先立たれ、生前旅行に行きたいといっていた妻の希望をかなえてやれなかったことに対する後悔の念が嗚咽に繋がっている。踊り子号に乗車していて思い出したのだろう。
「心の悔い」は誰にでもある。だから、今できることを全力で出し尽くすことが大切なんだという伏線が見える。
そして話は、自分の師匠である橋田壽賀子先生との対話の思い出に移る。
橋田さんの弟子として仕事をしてきた内館さん。努力のかいあってNHKのひらりを書くことになった時、師匠はたった一つのアドバイスをしてくれたという話‥。
‥「出し惜しみしちゃダメよ」
これは強烈だった。
半年間の長編の脚本を書こうとする時、どうしてもサビの部分はあとでとっておこうとする心理を察しての言葉だったのでしょうか? 後先のことなど考えずにどんどん投入し、出し惜しみしないということの大切さに内館さんははっと気づくのでした。
‥「出し惜しみをしない」という姿勢は、
人間の生き方全てに通ずる気がする。
踊り子号の男のうつろな顔と、自分の仕事に対する姿勢に対する教えがオーバーラップする。
今ここで全力を出すこと‥‥後悔しないこと。そんな生き方の大切さを、何気ない列車の風景の中に描いてくれる。
私も、こんな文章を書きたいな‥つくづく思ったのでした。