食の自給率が40%以下というデータが、日本の食の経済構造を良く現しているのは事実ですね。
その一方で、日本の地方の様々な農業、水産業などの生産物を見てみると、その高品質の生産物はその大半がJAを通して築地をはじめ東京の大消費圏に届けられ、地域でとれたものは、残されたものだけという構図もあります。
国際化の流れの中で、日本は食の大半を海外に依存しているのは確かですが、日本国内だけで自給率を上げるのは難しいことではないと、鳥取県で牧場を経営している方はいっています。しかし実際に和牛の流通構造を見てみると、沖縄で子供の牛を飼育し、神戸などで育成され、名古屋で取引され、東京で消費される。沖縄の方々の食する肉の大半は海外からの輸入肉であるという不思議な流通構造を見ると、自給率というのが何を示しているのかさえわからないのは確かですね。
こうした、様々なものの生産と流通と消費の構造を形作ってしまった日本に、食の安全の概念は本当にあるのかどうか疑問ですね。実際に、消費者の口に入るものが、何処をどのように通過して加工されているのかは不明。有毒物質が入っているかどうか、事故米なのか、ほとんど解明不能なのが実態なのでしょう。問題が起こらない限り‥。
そして、いつも思いますが、「安全」という概念は、誰かがそれを守っているという信頼性の中に存在するもので、それを誰が守っているのか分からなくなってしまえば、「危険」であることは確かです。
世界各国の食が集積する日本、特に東京。
そのお味も抜群のものがあります。
食の安全が保証されるには、まずは「人の安全性」をチェックする必要があるのですね。
自己管理、自分自身で情報を確認する能力が、もっと必要なのでしょう。