リーマン・ブラザーズの破綻 社員がぞろぞろ会社から出てくるシーンを見て考える | 考える道具を考える

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リーマン・ブラザーズ証券破綻のニュースは世界に衝撃を与えましたね。
そしてニュースの映像を見ていて最も印象的だったのは、リーマンの本社前の路上を、リーマンの社員達が自分の荷物を持ってぞろぞろと出てくるシーンでした。

アメリカ映画ではよく見かけるシーンですが、

  ‥君はもう首だ! たった今、この部屋から出てってくれ!

こんな台詞の後のシーンは、自分のオフィス内の部屋で、自分の荷物を纏めるシーンが続き、そして、同僚の何人かと挨拶するとそこから出て行く。一人の企業戦士のその会社での終わりは、こんな風に簡単に、淡々と(本当は違うでしょうが‥)終わっていくというシーンですね。

それが現実となると、アメリカの企業で働くということの合理性、哀れみのない合理性が浮き出ていたように思えます。ぞろぞろと自分の荷物を持って出てくるリーマンの社員達。


日本の企業の破綻では、そうですね、あの有名な山一證券の破綻記者会見での社長の慟哭のシーンが思い浮かびます。涙ながらに‥

  ‥社員は悪くない!

と叫びました。日本のメディアは、山一の社員がビルから自分の荷物を持って出てくるシーンは一度も映していない。

これがアメリカと日本の企業と組織と人との関係の違いといえるのでしょうか?
アメリカの方々が、組織に対する帰属意識が薄いのは、組織そのものが帰属意識を要求していないからかもしれませんね。そしてそのことは雇う側も雇われる側も了解事項なので心理的な問題は大きくは起きない。

一方、日本の企業は、組織そのものが帰属意識で成立している。正確にはしていた。帰属意識のない社員の合理性は日本の伝統的企業では排除される傾向はまだある。しかし、日本の企業の体質も、アメリカのそれのように変貌しつつある。企業を存続させるためのリストラは、まだまだ続いているからだ。とはいえ

   ‥日本の企業で働く日本人は、
    組織から抜け出た時の対処法を持っていない。

それが悲劇を生まないわけはないのですね。

一つの組織から離れた時は、自分の才能をまた別の会社で伸ばせばいいと考えられるアメリカ人と、途方に暮れる日本人の意識の差は、大きいよな‥‥。