戦局イマダ好転セズ NHK「その時歴史が動いた」 玉音放送までの裏側を見て考える | 考える道具を考える

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戦争を終結させる。
その決断と責任のあり方は難しい。

1945年8月15日の玉音放送によって日本はポツダム宣言を受け入れ、事実上の第二次世界大戦は終結した。
NHK「その時歴史が動いた」シリーズ日本降伏前編では、8月15日の玉音放送までの、つまりは「降伏決定」までの日本の指導者達の喧々諤々を描いた番組だった。

決断までのプロセスで焦点になったのは、時の東郷外務大臣と阿南陸軍大臣の対立。

その主張の差異は、「国体」の概念の違いだったと解説していた。

敗戦を受け入れるにしても、日本という国を消滅させるわけにはいかない。この考え方は共通していたが、その負け方によって国そのものを消滅させるわけにはいかない。「正しい負け方」があってしかるべきだ。

最終的に決断を委ねられた天皇は、「日本国民が決めるというなら大多数が天皇制を選ぶことは間違いないのですから、国体は少しも心配ありません」という東郷の説得に同意することで成立します。

降伏の文章作成の過程で、最終的には、陸軍大臣の阿南が主張します。戦局は日に非に‥つまり局地戦において敗戦が続く今‥‥降伏やむなし‥という表現ではなく、「戦局イマダ好転セズ」とすべきだという主張でした。そうした中でも本土から特攻隊が次々飛び立っていたその日、全面降伏の事実のみを伝えたのでは兵士を説得できないと考えた阿南陸軍大臣の主張でした。この一文が受け入れられて‥‥。

そして、玉音放送は流れ、日本は降伏した。


この番組で私が感じたのは、指導者の責任の取り方ということでしょうか?

戦後の戦争責任論の論議は、最近ではどこかに消えてしまったかのようですが、敗戦の責任を引き受け、

  生きて再生していくという考え方と、
  自ら死を持って責任を果たす

という二つの方法が描かれていたように思いました。

そして、本当はいけないのでしょうが‥‥割腹自殺をもって責任をまっとうした阿南陸軍大臣の潔さに、何故か強い衝撃を受けたのも事実でした。