斉藤孝先生の「ざっくり!日本史」を読んで考える 歴史は文脈 | 考える道具を考える

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ざっくり日本史
斉藤孝先生の「ざっくり!日本史」(平成19年12月 祥伝社刊 写真)が面白いよ! 私の友人が「何も言わずに読んでみろ!」と持ってきました。

友人曰く。
NHKの大河ドラマ「篤姫」を見ていて、尊皇攘夷だの、公武合体だの開国だのと言葉は沢山出てくるけど、時代的に誰が何をどんな風な立場で何をしたのかの構図が良く分からない。明治維新という政治的革命の何が日本人の心を引くのか整理しようと思って読んだのが、この本だ!

私曰く。
海外からの列強の侵略という時代的背景の中にあって、300年間の鎖国で自国だけの内政で秩序を保っていた(いられた)時代が終わり、転換期という歴史的事実と、その時に、古い体制を変革することと国際政治の世界へ歩むことと、国という概念を転換させる必要性と‥そんな慌しい時代だから、まぁ、学習するのにはもってこいの教材なのではないかな‥

友人曰く。
斉藤孝さんはね、歴史の見方というものは、「文脈を見つけていくことだ」と定義していますよ。いわば歴史的事実の意味を考えることとは、つまりは文脈の中で語ること。日本人が日本の歴史について外国人に語れないのは、この文脈力がないからだということだね。その一つの見方が、この本の中に書いてあるんだ。だから、面白い。

私曰く。
歴史認識なんて、その時代の中のご都合によって変わるわけでしょ? 本当のところは分からない。だから歴史を語る人の意図が反映されて、歴史から何を学ぶかを議論することが歴史の意味を理解することでもあるのかな?

友人曰く。
要は、尊皇攘夷という意味とそれを使った一群の人々の目論見が分かっただけでも、この本の「読み物」としての価値はあると思う。文脈で見るとは、時間の流れの中で人々がどのように関連づけられていたかということを読み解くことだからね。
でも、この時代、一国一城の主である地域の殿様が、明治新体制の中央集権化に反乱も起さずに従った理由はわかっている?

私曰く。
海外からの侵略に対抗するには、小さなことには拘っていられなかったからでしょ?
日本という国の全体の概念が、初めて出来上がったのが、明治維新だったのでしょうね。
でも、国民の心から、「お上」の意識がなくなったわけではない。今でも「会社」という藩の中で自分の生き方を求めようとするサラリーマンが多いわけだし。「会社」という単位のお殿様は社長であり、藩の大きさは会社の規模で決まっている。

友人曰く。
そして、現代の日本人の最大の問題は、日本人がずっと心の支えとしていた「城」と「お殿様」が、どこかにいってしまったことでしょうね。

    ‥この話、長すぎません?

文脈とは、関係性。でもそういう問題意識に刺激を与えるという意味では、この本は面白いのかも‥。