松岡正剛さんの「知の編集術」(講談社現代新書)は、2000年に初版が刊行された。この名著は、2000年という新しい世紀を目前にしたその時に出版されたこと、それ自体が重要なのだと、今になってつくづく思う。「知」の変化によって時代の転換を解釈しようとする意欲的な作品。つまり「主題の時代」から「方法の時代」へ‥であったわけですね。
「主題」‥すなわち問題が何かは、既に顕在化している。
経済、安全、平和、教育‥等の様々な問題。
「方法」‥主題の問題解決のための方法。関係づけ。
松岡さんは、この方法について、
‥‥問題解決の糸口は、
いくつもの主題を結びつけるその「あいだ」にあって、
その「あいだ」を見出す「方法」こそが大事
と看破している。その最大の方法論が知の編集術なのでしょう。
そのために提示された編集技法は、実に64に類型化され、
その意味の多様性は、ほとんど目も眩むような思いです。
(全ての方法を体得するには膨大な時間が必要でもあります‥)
‥‥
例えば、一つの情報がある。
それが報道されたものでも、本から得たものでも、友人との対話の中で感受したものでもいい。その情報は、自分にとって最初は「データ」である。そして自分の中で「解釈」をすることによって、はじめて「情報」として位置づけられる。
しかし、その「情報」は、他の「情報」と関係付けて考察することによって、初めて「あいだ」が表出する。この「あいだ」をどのように見出すかが、方法の問題なのだということですね。
編集する技術を適用しながら、その「あいだ」を繋いでいく行為を創造行為といっていいかもしれない。
こんなことを考えながら、
自分の身近な日常生活を記述してみる。その記述は、自分の意識の再編集と言えるのかもしれない。再編集する行為が、新しい何かを生み、そして自分の問題を解決する糸口を発見する思考の働きを促進するのだと思う。
‥日常を記述すること‥それが思考の全ての出発点だ!
そして、問題解決のための思考の道具に眼を向けることが、実は問題解決の最も優れた方法であるということに私は気がつきはじめているのです。