500円玉を握り締めて、本屋に走る 松岡正剛さん「千夜千冊」に挑戦する? | 考える道具を考える

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The instrument which I think

ある時から、
私の机の隅に、500円玉が積み上げられるようになった。
コンビニで700円程度の買物をすると、500円玉のお釣りでもらえるように、1200円を差し出す。

ここで発生した500円玉は、丁寧に私のズボンの左側のポケットに隠される。
(何故左かというと、私は右利きなので、左のズボンのポケットはほとんど操作対象外なのだ)

そして、一日が終わり、夜、自分の机の前に立った時、おもむろに500円玉を積み上げる。
もうどれくらいの金額になっているのだろう。意外にも500円玉は10個程度の高さになるとバランスを崩す。従って、10枚一山の塊が、机を占領していく。

‥‥

そして、この行為のもうひとつの楽しみは、その500円玉を握り締めて、本屋に走っていくことができることだ。(昔の子供のように、10円玉を握り締めて駄菓子屋に走る時の感激に似ている)
本屋に走り、松岡正剛の著作を買う。

とはいえ、実際には、本屋に行くわけではない。
アマゾンにアクセスして、毎日一冊、多ジャンルの、それも自分の興味とは関係のない本を注文するだけなのですが‥。

松岡正剛さんの千夜千冊の最初の全集は、10万円近くする。500円玉がどこまで積み重なれば、この金額に到達するのか‥。到達したら、アマゾンで購入する予定だ。500円玉を握り締めて松岡さんの千夜千冊を買いに走る‥というのは、こういうイメージなのですが‥。


で、現在は、セイゴーチャンネルにアクセスして自分の好きなジャンルの松岡さんの批評を読む。ネットで松岡さんの読書の跡を追いかけている。批評の対象となった書籍の原本を購入しているだけで、1000冊以上の本に取り組まなければならないのだから現実に対象書籍を購入することはめったにない。知の巨人が、どんな書籍をどんな風に批評しているか‥それを読むだけで十分なのですね。

毎日一冊分の批評を、500円玉を握り締めるような気分で読み続けるということ。
‥‥それは、机に積みあがる500円玉と、「知への欲求」とが、関連したイメージでつながっていることでもあるのですね。これは何だろうか?