「ポスト消費社会のゆくえ」 辻井喬VS上野千鶴子対談を読んで考える | 考える道具を考える

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上野辻井
作家辻井喬さんと社会学者上野千鶴子さんの対談集「ポスト消費社会のゆくえ」(文春新書 2008年5月20日刊)を読んだ。

この新書版を目にした時、いくつかの驚きがありましたね。

最初の驚きは、まだ「ポスト消費社会」という言葉が生きていること。既に消費は美徳と言われた時代は遠く、とっくの昔にポスト消費社会になっているはずなのに、
何故、改めてポスト消費社会なのか…。

次の驚きは、作家辻井喬さんの口から語られる事業家堤清二さんの西武百貨店、セゾンの失敗の研究の書であること。
バブル崩壊と歩調を合わせるように崩れ去っていった西武グループ。
百貨店を軸とした消費の現場を仕切っていた堤清二さんの
事業の失敗については、既に語り尽くされたのではなかったか?

今、敢えて、失敗の要因分析のために西武セゾンを取り上げる理由は何か?

そして、三つ目の驚きは、
対談相手がジェンダーの神様 上野千鶴子先生であること。
私は知らなかったのですが、1990年代のはじめに、上野先生は、シリーズセゾンの編集委員になっていたのでした。

……

改めて一言でこの本の内容を整理すれば、
この対談は、おもに1970年代から80年代に日本の消費文化を席捲した西武カルチャーを軸とした西武グループの事業に関する「失敗の研究」の書でありますね。


    私の世代は、渋谷のパルコに劇場が出来、
    池袋の西武百貨店の中に美術館ができた時、
    新しい文化の潮流と、消費行動とが融合するシーンを見たのでしたね。


そして社会が右肩上がりの時代に青春時代を迎えていた私の世代は、
大量消費という罪深いライフスタイルが、文化という魔力によって、どこかぼんやりと感じていた罪悪感を美徳に変換させてくれた西武のマインドに喜々とした記憶があります。

感性という言葉や、豊かな消費文化のリーダーは、いつも西武セゾンでありましたね。


    ……ああ良かった。私たちの消費行動は、文化なのだ!
      消費することは正しいことなのだ!
      古いものを破壊して作りなおすことは、歴史的必然なのだ!
      何故なら、西武がそう発信しているから!

などと胸をなでおろしていた記憶があります。
ファッションのリーダーであり、文化的創造基地の創設者であり、
そして何よりも「カッコいい」スタイルの提唱者……そんな西武神話が確かにありました。


しかし、この慰めは、嘘だったのか?
バブル崩壊後に一気に崩れ去っていく西武神話は、
社会的経済的停滞の「十年」の中で消え去っていったのでしたね。

何が悪かったのか? なぜ、失敗したのか?
だって、作家辻井喬さんがやってきたことなのに、失敗などするはずはない…
しばらくは、そんなことを考えていましたね。


そして、失敗の研究にも飽きて、そろそろ忘れかけた今時分に、
またまた、こういう対談が登場してくるのですね……まったく。


  この著作の結論は、ポスト消費社会のゆくえではなく、
  ポスト産業社会のゆくえ…なのだと、最後までよんで、やっとわかりました。

  もう時代は、産業社会の中の構造変革では、未来は築けないのだと。
  とすれば、次にくる社会とは、どんな社会なのでしょうか?


    ……上野先生、そこを話し込んでくれなければ、
      ずるいですよ!