自己流マインドマップ活用術 概念と具体の混合に身を任せる | 考える道具を考える

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The instrument which I think

マインドマップに関連する書籍やセミナーが活発ですね。

脳科学に基づいた発想ツール‥
と規定してしまうには異論のある人もいるでしょう。
しかし、確かに、マインドマップには、曖昧なままになっている発想の芽を、
論理的に紡ぎ出すツールとしての利点があることは確かですね。


ところで、マインドマップには、その展開に一定のルールがあり、
そのルールに従っていくことが、目的達成に一番近いという仮説があります。
道具ですから、当然道具の使い方があるわけです。


私の場合は、マインドマップというツールを活用するのに、
ほとんど無制限に、オートマチスムに近い言葉の連想によって、
アイデアを発想する方法をとります。

これは道具の使い方としては異端ですね、きっと。

つまり、マインドマップ特有の階層を深めていく方法に則っていくのではなく、
問題解決のためのテーマで発想した「言葉」だちを、
自由に駆け巡らせていく方法に依存するということですね。

‥‥

何故こんな風にマインドマップを活用するのか?

言葉には、「概念的・抽象的」な意味を持つものと、
「個別的・具体的」な意味を持つものとがあります。

また、「事実」を言葉で表す場合と、「イメージ」を言葉で表す場合があります。

発想が必要なときは、最終的にはイメージの膨らみがないと、
豊かな発想に辿り着きませんが、
イメージばかりを先行させてしまうと、問題の視点がずれていってしまい、
結論が曖昧になってしまう危険があります。

無理に論理的展開を試みていて、
いつも、何故かしっくりこないな‥‥と思っている時にひらめいたのが、
あまりルールに拘らない方法だったのです。
あんまり奇麗に作っても、それが記憶の何処かに残されていくものだと思っても、
その時点で「アハ体験」がない。


私のやり方は、そういう意味で、とても危険なのですが、
自分の中から連想して出てくる言葉たちは、
それが、まったくの突飛な言葉であっても、
恐らく自分の中の内的必然性があるはずのものだと信じて、
言葉を一つひとつ「枝」に置いていく作業を繰り返します。


例えば、「新しい事業の可能性」について、自己検証しようという時に、
私はマインドマップを使いますが、
その新しい事業の仮説を検証するのに、これまでの私は、
「社会的な要因」、「市場影響度」、「顧客のマインド」、「商品の生産性、コスト」、「収益性」‥‥などの検証項目を第一階層に置いていくことが普通でした。仮説を検証するためには、仮説を構成する「事実」をもって確認していくことが大切だからですね。


しかし、今の私の場合は、新しい事業の可能性‥というテーマでマインドマップに取り掛かると、
突然こんな言葉たちが湧き上がってきます。

    ‥‥「新しい」って簡単に書くけど、何が新しいって言えるの?
      その事業仮説は誰のためになるの?
      今のあんたに、そんなことが出来るリソースはあるんかいな?
      もっと現実を見ようよ!
      それより先にやることないの?

さてはて、もう少し格調高く、美しいマップを作成しようとした矢先に、
これらの微妙にカジュアルな言葉達が登場してくるというのは、一体何なのでしょうね?

そして、これらの言葉から連想する次の「枝」には、こんな言葉が続きます。

    ‥‥新しさとは「組み合わせ」の妙
      新しさとは「記憶への刺激」
      新しさとは「古いものの再発見」

そうなんです、私のマインドマップ活用法は、

    ‥‥反論から検証する

という方法になっているのですね。
その結果、「枝」の行き先は、反論の反論の連続で、
さらにその反論が永遠に続くかと思われるくらいに続けられていくのです‥。

この不思議な言葉の反論の嵐は、
あるとき突然、止まります。

    ‥‥新しい事業の「新しさ」とは、
      受け取る人の中の「新しさ」を刺激できて初めて、
      その意味が誕生する。

こうして「具体」から始まる私のマインドマップは、
「抽象」の世界に行き届いたときに停止するのですね。
「抽象」とは「普遍」に一番近い「言葉」だからなのでしょう。


でも、これで最初のテーマは、問題解決したことになるのでしょうか?
まあ、いいか。マインドマップは結論より、プロセスが大事なんだ!
と考えましょう。

 今日のブログは、長すぎました。すいません。
 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

    「考える道具を考え過ぎました。」