ブログを通じて出逢った「才能」に感謝 shedshedさんのショートショート連載完結のメッセージ | 考える道具を考える

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The instrument which I think

   ‥いつから、人類は自分の寿命が
    分かるようになったのだろう?


リミット」と題するショートショートを眼にした時、
ブログというメディアの不思議さに小さな感動を経験した私は、
強い関心を持って、その日から、このブログサイトを毎日読み続けた。
一日も欠かさず「読者」としてショートショートを読み続けたわけですね。

shedさんが扱う多くの題材は、
人間の欲望、拘り、永遠、そして人間関係‥‥淡い幻想の世界を、
極めて日常的な描写の中に含ませた筆致に関心しつつ、
生きることの時間と空間の不思議な共存の表現に驚いていました。



一年間、365日。
shedshedさんは、毎日欠かさずにショートショートを書き続けてくれましたね。
それはとても困難な試みだったろうと推察されますが、
でも、私の期待は裏切られることはなかった。

   途中から私は、こうした営為の根拠に興味が移りました。
   つまり、この書き続けるという継続への意志は、
   ‥‥どんなモチベーションによって維持されるのだろうか?

そんな、読者としての関心領域の変化を体験していた矢先の昨日、
きっちり一年間書き続けたショートショートは、完結が宣言されたのでしたね。
とても残念ですが、一読者としての私の心の中では、
何故か新鮮な驚き、「ああ、やられちゃったな!」という爽快さがあったのも事実でした。



最後の作品は、「手に入るもの、入らないもの」と題する人間の欲望と実現に関する幻想の世界を描いた秀作でしたね。博物館の中に突如登場する4人の男‥‥そこにやってくる一人の男。「希望を叶えてやる」という神の言葉に乗って一人ひとりが希望した「夢」は、富と名誉と美だった。そして最後の一人は、この夢のような出来事に、静かに申し出を拒否。

20年後‥‥夢を得た3人の男は、希望した願いを手に入れるものの、富は崩れ、名誉は剥奪され、美は醜に変わった。希望を拒否した一人は地道に事業を築き上げて、本当の成功を手に入れた。
再び博物館に現れた3人は、自分が欲した希望が間違っていたことに気づき、「能力」が欲しいことを希望するが、一人の男は「若さ」を手に入れることに成功する。

人間の最大の夢は、時間を自由にすることだった‥‥ということでしょうか?
「アウストラロピテクス猿人たち」の展示ブースの前で、人類が二足歩行を始めた歴史的転換点の真実を、時間という軸で謎賭けしたこの作品は、shedshedさんが、次の何かに向かって歩き始めることを暗示していたのでしたね。


‥思えば、「リミット」という人間の寿命が決められていることを題材とした最初の作品で、既に、ブログに書き続けることの文字通り「リミット」を暗示していた作者は、一年間の作品制作の最後に、「手に入るもの、入らないもの」という作品で締めくくったことになりますね。

この一年間で「何を手にいれ、何を失ったのか?」‥‥次の出会いの機会があれば、そのことをお訊ねしてみたいと思いました。


一年間お疲れ様でした。
お元気で!