村上龍さんの疑念に共感 「カンブリア宮殿」に登場した研修の本質を考える | 考える道具を考える

考える道具を考える

The instrument which I think

昨日のテレビ東京のTV番組「カンブリア宮殿」に、
アルプス技研創業者松井利夫さんがゲストとして登場していました。

技術者派遣の大手に成長した同社の
人材育成の模様が映し出されていましたね。


その中で、ずっと村上龍さんが疑念を持っていたのが、
地獄の特訓の模様でした。

優秀な技術者を育成するには、技術力を身に付けるだけではダメで、
人間としての規範力がなければ、お客様から好感を持って受け入れられない。
そこに、技術者の弱点を見た松井社長が取り入れたのが、
「地獄の特訓」による、人間性向上のための訓練なのでしょう。

この特訓は、1970年代に大いに流行した教育プログラムでしたが、
既に、右肩上がりの時代が終焉を迎えた今も、
人材育成の方法として受け入れられていることに驚きを感じましたね。

同時に番組では、合宿訓練プログラムの一貫としてセットされている
「内観法」を受講している様子も映されていました。

この内観法は、事実をありのままに見る「眼」を育成する方法で、
吉本伊信氏が昭和28年に始めた教育手法です。

この内観では、壁や襖の前に座って、自分の身内、特に親との関係に眼をむけ、

  ●していただいたこと
  ●して返したこと
  ●迷惑をかけたこと

についてじっと自分の過去を振り返り、思い出し、列記していくという行為を実践します。
長時間、集中して続けることで、「自分を見つめ直す」発見につながるというものですね。


大声で怒鳴りまくるというカタルシスの発散と、内観という内なる声に耳を傾けるという内的発散の二つのプログラムをセットすることで、「人は一瞬、自分の殻を脱ぎ捨てることができた」という錯覚に襲われます。


しかし、村上龍さんの疑念は、最後まで晴れませんでしたね。
ここが、この番組の面白いところでした。

私も個人的には、人材育成の現場経験から、これらの発散と内包という二つのベクトルを体験することの意義は認めるほうなのですが、実は、急激に自己改革の体験をして、自分が変わったと思えるのは、反対に急激に元々の自分に戻ってしまうことでもあるということを知っています。

   肉体的な刺激から自己の変革を強要することでは、
   人は本質的には変わらない。

これが私の結論です。
むしろ、こうした集団研修の中で、馴染めずに「脱落」していく人間こそ、
自分に正直な感性を持っているのではないかと‥‥最近は、思っています。

あなたは、どう考えますか?