マリオ・ジャコメリ展 そのモノクロームの陰影に人間の悲しみを見る | 考える道具を考える

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マリオジャコメリ


イタリアの写真家 マリオ・ジャコメリの写真展が、東京恵比寿の東京都写真美術館で開催されている。(5月6日まで)

若き司祭たちが手を繋ぎ、
輪になって踊る様子を、
天上から俯瞰するという、
モノクロームの独特の世界に眼を引かれた人も多いでしょう。

「生と死」とが隣り合う現実の世界を、
実に淡く、悲しく、そしてシニカルに一枚の写真に収めていく。
いやむしろ、写真が一瞬の断面を切り抜くように‥ではなく、
切り取られた瞬間から、マリオの白と黒の世界で再構築しようとした作品、
写真という素材を墨絵に作り変えていく試みといえなくはない。

若き司祭たちと題される作品には、
私には自分の顔を愛撫する手がない‥」というコメントがついています。このサブタイトルは、深い‥ですね。

‥‥

ところで、マリオの写真集を見ていて、
そこに登場する人物をじっと見つめながら、
こんなことを考えていたのです。

  被写体となっている彼らの、
  どの程度の悲しみを、私が共有しているのだろうか?

人は、他者のことをどれだけ知りえているのだろうか?
あるいは、たった一つの表情や、語り方や、癖や、歩き方を見て、
その人の全てを見ていると錯覚しているのではないか?

  私は、誰も知らない。
  なのに、何故、この人はこういう人だと言えるのか?
  私は、誰も知らない。
  何故なら、自分のことも知らないからだ。

‥‥一枚の写真を見ながら、その写真の意図を逸脱して、
  私の思考は、既に写真から遠く離れたところを彷徨っているかのようです。

まぁ、こんな風に写真から感傷を感受するのも、たまにはいいか‥‥。