爆笑問題vs京大の番組の影響力を考える  | 考える道具を考える

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昨日はNHKの番組「爆笑問題vs京大 独創力」について触れましたが、
私の友人のほとんどが、
この番組を視聴していたという話を聴いて、
今更ながらに驚いています。

そして、ついでに、
番組の感想を訊いている中で、
共通したコメントがあることに気がつきました。

つまり対話の内容より、爆笑問題に対する共感性が印象に残ったのでしたね。

それは、

①爆笑問題は太田と田中の二人が一つになって一つのキャラクターが成立している。

②爆笑問題の優れたツッコミは、彼らの立ち位置がぶれないことである。

③最高学府の研究者や学生が集まる大学には、まだ一般の人間が触れることのできない
 謎の要素があり、そこに日常の眼線で切り込んでいく爆笑問題の勇気に共感する。

いずれも、爆笑問題の問題意識の優れた部分に共感するというものでした。


さて、爆笑問題の二人は、日本大学芸術学部の出身です。
東大や京大に比較すれば、大学の格付けでは劣っているにも関わらず、
彼らの「頭の良さ」は東大や京大を凌ぐものがあるという共感性も高いのではないか‥‥
このコメントは、また別の人間の発言でした。


日本では、「庶民感覚」という言葉が使われますね。
権力に対する庶民という構図の中で、
いわば大金持ちではないが、小さな幸福感の中で、
本音で生きる清新な人々が持つ生活感覚‥という意味でしょうか?

爆笑問題は、
その意味で、視聴者の庶民感覚に刺激を与える技術を持っている
ということになりそうですね。
おそらく、日本の国を動かす政治的なあるいは学術的権力の座に一番近い
東大や京大に対する庶民の感情に切れ込んでいくことが
痛快なのかもしれません。

そして、その技術は、彼らの「質問する力」にあったと私は思っています。


独創力とは、すなわち質問力である‥‥これが、この番組から私が受け取ったメットセージだと思っていますが、いかがでしょうか?