説得と納得 | 考える道具を考える

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The instrument which I think

人は、説得では動かない。
納得して初めて、行動につながる‥と、よく言われますね。

私は、自分の考え方や感情を相手に伝えようとする時、
いつも「説得口調だ」と言われる。
説得して人が動くことはマレなのに、
どうしても説得しようとする。



説得は「話す技術」
納得は「聞く技術」
だという人もいる。


コーチングやカウンセリングは、
もっぱら「聞く技術」を駆使する。
相手の潜在的な気持ちに着目し、
自分でも分からない情動の在り処を、
自分の意識の中で発見できるようにリードする。

でも、それは、職業としてのコーチングであり、カウンセリングだから成立する
黙契のなせる技だ。

対等の立場で、話をする時には、
聞く技術を持っている人間は「愛される」「親しまれる」「信頼される」「尊敬される」



しかし、聞くだけで全てが解決されるわけではない。

聞くことによって、聴いている側の自分の心の課題もまた、
解決に向かわなければ、何のために聞くことに徹底しているのか分からない。


カウンセラーが、仕事を離れると、突然饒舌になって、一方的に話を続けてしまうことがあるのも分かるような気がする。「聞く」こと、「聞くことを続けること」は、実は苦痛を伴うのだと思う。

相手が納得する‥この同意は、それを相手する自分が受ける苦痛を受け入れることから始まるとしたら、
コミュニケーションは不平等だといわなければならないでしょうね。


一方的に話をしてきて、
それで私が納得したと思い込んでいる人間が多いことに
釈然としない毎日が続いています。


何とも納得できない
最近の感想でした。