不満足の充満で「爆発」しそうな現代消費者・生活者の購買行動とは? | 考える道具を考える

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コンタクトセンターという装置があります。

どんな商品でも、「何かありましたらこちらにお電話くだい!」と、0120から始まる電話番号が書いてあります。

ちょっとしたことでも、この電話に掛ければ「不満の捌け口」が、公式に準備されている社会なのですね。

食の安全性が叫ばれて、原産地表示に少しでも不審なことがあれば確認の電話は鳴り続けます。その答えがほんの少しだけ「曖昧」であると、さらに「不満」は拡大します。オペレーションをする人間の対応能力が益々大切になってきました。

市役所や区役所にもお客様センターが出来ています。公共機関も企業も、この「窓口」を設置して、消費者とか生活者と言われる「モノを言うお客様」の対応にオオワラワですね。

そうして、「モノやサービスを購入する人間絶対主義」の風潮は、益々増殖し続けます。企業は、これらの「声」を分析し、購買者という「神」の言葉に耳を傾けようとします。

その心の向こう側には、どんな潜在的なニーズが潜んでいるのか?

‥‥

一方、こうしたコールセンターにも「感謝の言葉」が届けられることもあります。
「やっと念願の商品を手に入れることができた。家族みんなで本当に心を感じて嬉しかった」とか、「オペレーターの対応の心に響く言葉で、心が洗われた」などですね。

不満の声を聴き続けているオペレーターは、その時ばかりは、「本当にこの仕事をやっていてよかった」と思える瞬間を得ることができるわけです。本当に稀ですが‥。

そして考えます。モノやサービスを購入すること、購入できることに対する「感謝の気持ち」を、日本人はいつの頃から忘れてしまったのか? ということを。僅か数十年の間に、溢れ出したモノが、今や大量のゴミとなって、狭い日本の国土のどこかに捨てられ続け、そのモノと同時に、私達の心も、一緒に「消費」し続けていることに何も感じなくなっているのは、どうなんでしょうね?

ゴミ処理の最後は、コールセンターへの不満の言葉で締めくくられる。これが、今の日本人の消費者の権利なのかな‥‥悲しい。

‥‥日本の古寺を散策していて、ふと思ったことでした。