最近、いくつかのミーティングに参加していて、妙に共通した「気になる言葉」があった。それは、こうしたブログをはじめとするweb2.0という世界のお話で、特に、ネットの世界の浸透が人間のコミュニケーションの質を、知らず知らずに変容させているということでしたね。そして、現代の日本の国や企業のリーダー達は、この質の変容に気がついていないという指摘でした。
それが企業であっても、地域のコミュニティであっても、リーダーになる人は、
自然発生的にリーダーになるのではなく、その資質によってリーダーになる。
あるいは、自覚的にリーダーになれる一部の人を除いて、
外部要因によってリーダーに仕立て上げられる、という場合もありますね。
リーダーになれば、その組織や人間関係のコミュニケーションを統括するのが、
いわば一番大切な仕事となるわけですが、コミュニケーションのとり方には、
時代による特性があるわけですね。まあ、その特性に影響されるのは、
情報環境が異なるからでしょう。
つい、この間まで、情報の量と質をコントロールできたのが、リーダーの資質とされていましたね。
企業と消費者の関係でいえば、企業側が圧倒的に情報を独占していた。
消費者は企業から発信される情報を選択するに過ぎなかった。
しかし、現代では、企業より消費者のほうが情報の量も多く保有し、質も高い。
こういう逆転現象を生み、加速させているのがネットの世界の浸透だ、という理屈ですね。
同様に、リーダーと一般(?)との違いは、情報の量と質において圧倒していたリーダーが、
一般の人の情報量に追いついていけなくなってしまった。
コミュニケーションの立場の逆転は、リーダーのリーダーたる所以を喪失させ、
結果としてリーダーのなすべき役割が見失しなわれてしまっている、ということらしいのです。
では、還流する情報の宇宙の急速な進展によって、
私達のコミュニケーションはどうあるべきなのか?
‥‥そこが、まだよく見えない、というのが共通した認識のようでした。
何かが変わっている。
しかし、その何かが見えないっていうのは、ありなのか?
分かるようで分からない議論の果てに、
‥‥まあ、今日は寒いから、鍋でもつつきながら、一杯やろう!
という呼びかけに反対する人はいませんでした。
変化に対する不安と期待は、いつの時代にもあるのでは? と思いつつ、
お鍋と熱燗で成立するコミュニケーションの質に、大きな変化は感じられませんでした。
ご馳走様。