シュルレアリスム 自動筆記法に挑戦する | 考える道具を考える

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The instrument which I think

第一次世界大戦と第二次世界大戦の間に生まれたダダイズム、
そしてそれに続くシュルレアリスムの運動は、方法としての自動筆記法を残した。

ブルトンの「シュルレアリスム」に触発されて、
どれだけ自分の無意識の世界の言語化に挑戦したか分からないが、
今、新たに、自動筆記による意識下の世界の、
何かもやもやした感覚の言語化に興味が沸いている。

何かに行き詰っているわけではない。
自分の欲求が達成しない焦燥があるわけでもない。

ただ、静かに、自分の内部のどこからか、
湧き上がってくる「何か」を書きとめておきたい衝動に駆られている。

だから、自動筆記をやってみる。
特別なことではない。
静かに、静かに、じっと、じっと‥‥
内なる暗闇の世界からやってくる「言葉」を待っている。

‥‥‥

ここまで書いてきたことは、
私の自動筆記によって登場した言葉達です。
自動筆記が、論理的な表現をするはずはないと思っていた思い込みは崩れ、
実は、極めて論理的な表現という衣を被って、
これらの言葉達は、最初に登場してきました。

はてさて‥ここまでの文章で、どこまでが、自動筆記によるものなのか、
あなたは分かりますか?‥。