日本の官僚 | 考える道具を考える

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かつて、作家三島由紀夫さんは、
東大を主席で卒業し、当時の大蔵省に入省したことは有名ですね。

そして、およそ官僚の文章から程遠い「文」を書き続けて、
結局1年たたないうちに作家として独立してしまった。
その理由は、文章を官僚言葉に修正され続けたことに、
反発したからだと自らの著書に書いていたのを記憶しています。

言葉は、人なり。

官僚には官僚の世界の言語が存在している。
私は、仕事柄官僚の方々とディスカションする機会が多いのですが、
この独特の官僚の世界の言語に、
ほとんどついていけません。(全ての官僚の方とは言いませんが‥)

言葉は人なり。

つまり、一つの世界の中で共通する言語の体系というものが、
厳然と存在するのも事実ですね。

それが良いのか悪いのか、
私は官僚の言葉に、生きた人間の感性を感じたことはありません。

今週のカンブリア宮殿という番組に登場していた
イラクに駐在した自衛隊の髭のリーダーは、
自分達がイラクに行き、
現地のカルチャーの中にいて、
自分達の価値観で行動していたら危険であるという現場に直面して、
文化を変えるよう努力して現地に溶け込もうと努力した‥
というようなことを話していました。

そんな死をも覚悟した日本の軍人さんたちが、
日常頑張っている最中に、ゴルフ接待やワイロづけになっていた、
官僚がいましたが、
既に、同じ防衛という任務につく人の中でも、
恐らく、官僚と現場では「言語が通じていない」状態だったのでしょうね。
髭のリーダーが怒っていたのは尤もです。

言葉は人なり。
私は、他者に対して真摯な気持ちで対応できるように、
いつも投げかける言葉には慎重ですが、
どんな言葉であっても、相手に対して尊敬する姿勢を持っていれば
心は通じると信じているひとりです。