自分を相手に伝えたい。
自分のことを知って欲しい。
この基本欲求を
識者は「認知欲求」と呼んだ。
認められたい‥という欲求は、
基本欲求である「食べる」「眠る」「住む」など
が満たされた後に、
人間が持つ欲求だと分析されてきた。
しかし、この欲求は、
他者に対する呼びかけであり、
そう簡単に満たされるものではない。
現代は、基本欲求が満たされていなくても、
認知欲求が飛び出してしまう時代なのかもしれない。
認められない不満。
それが、無視される、とか、
愛されない、とかで表面化すると、
人は、憎悪を抱くようになるらしい。
場合によっては、他者を殺害してまで、
自己の欲求を満たそうとするところまで行く。
‥‥
銃を乱射して、
人を殺傷することの異常さは、
自己の欲求の限りない傲慢さによって、
自分の中では正当化されるのだろうか?
悲しい事件が続く年末。
認知欲求のコミュニケーション技術を考える時、
他者を説得するのではなく、
他者に納得してもらうための、
自分の心の鍛錬こそが大切だと‥
つくづく思うのです。