昨夜、終電に近い電車に乗っていて、
かなり酔った若い女性が、同伴の中年男性に向かって
「恥知らず!」
と叫んでいたのを目撃してしまいました。
‥‥
私は深夜であっても、素面だったので、
この罵声に、どこか懐かしいような、
嬉しいような感動を覚えたのでした。
付け加えておきますと、
罵声を浴びていたのは、勿論私ではありません。
その男性もかなり酔っていて、
その言葉の響きに感動する余裕はなかったようで、
悲しいかなほとんど四つんばいになりそうな体勢で、
吐きそうになっていました。
(何か、やっちゃんたんだな‥お気の毒に)
‥‥
ところで、私が感動したのは、まさに、「恥」という言葉が、
日本に残存していたことでした。
思えば、恥という概念は、日本人独特のものだと定義する人が多いですね。
ルース・ベネディクトという方が
既に半世紀近く前に著した『菊と刀』によって、
日本人は初めて恥の文化を定義したのでしたか?
この本は、既にご存知の方も多いとは思いますが、
罪と恥とを相対比較して論述したことから、
日本人の価値観の代表として「恥の文化」が定着してきたというのが定説ですね。
要は、神という絶対的価値基準を持つ西洋は、
善悪という価値観で判断し、
神仏を持たない日本人は、
優劣という価値観で「恥」の概念を表現する。
このベネディクトさんの単純な比較は、
その後の中村雄二郎さんらの論考によって、
批判的に継承されています。
いわば、日本人は絶対的価値としての神の存在は認めていないので、
優劣という価値の中に「恥の概念」を創出したということでしょうか?
‥‥そんなことをぼんやり思い出しながら、
私は、電車の中の女性の叫びが
耳の中で共鳴しているのを味わっていました。
恥知らず!
恥を知れ!
恥の上塗り! 赤恥
私も、何を隠そう、こんな罵声を何度となく浴びてきたのを
思い出していたのかもしれません。
(懐かしがっている場合ではないのですが‥)
とはいえ、その時その時に私が感じていたのは、
この響きの中には、命を捕るというような物騒な響きより、不遜にも
何とかして欲しいという切ない女性の心の叫びだったのではないかと、
その時の私は感じていたのでした。
やはり、私は恥知らずなのでしょうか?