
NHKの番組SONGの深夜再放送で、初めて中村 中さんの歌を聴いた。
22歳の若い才能は、ちあきなおみ さんの「喝采」を、新しい感性で歌い上げていた。このカバーに、何故か違和感がなかった‥。
中村中さんといえば、性同一性障害を告白して衝撃を与えたシンガーソングライターでもありますね。
15歳の時に書いたという「友達の詩」は、そうした障害の背景を知ることで、その歌詞の奥にあるせつなさを感じさせてくれる。特に次のフレーズは、恋に恋する最も多感な若い感性の中から、実に控え目に、静かに、そして悲しく繰り返される。
◆「友達の詩」から‥‥
手を繋ぐくらいでいい 並んで歩くくらいでいい
それすら危ういから大切な人は友達くらいでいい
忘れた頃にもう一度会えたら仲良くしてね
‥‥
私は医師ではないので、性同一性障害がどのようなものかは分からない。そもそも物心ついた時から、私は男であり、男として育てられた。生物学的に男であっても、「男になる」には教育が必要だ。
しかし、中村 中さんは、既にこの時、自分の中に「在る」女を見つめていた。別の歌に「わたしの中のいい女」という曲がある。ここで中村さんはこんな風に歌っている。
◆私の中の「いい女」から‥‥
重たい上着を脱ぎ捨てて 裸になったら何が残るかしら
迷いも柵も脱ぎ捨てて そろそろ目覚めて 私の中の「いい女」
‥‥
中村中さんの歌詞には、このような「脱ぎ捨てる」「捨ててしまう」というフレーズが多い。もし、性同一障害という背景を知らなければ、何気なく聞き流してしまうフレーズも、一旦前提が確立されて聴いていくと、まったく違った心象を表現する。
とはいえ、そういうものを全て排除して、純粋に歌を聴いていて、私は思った‥‥確かに、新しい才能が誕生している‥と。
「喝采」を聴いていて、ちあきさんを彷彿とさせる歌声は、今を歌っていると同時に、大袈裟に言えば、長い「時間の流れ」を感じたのでした。中村さんがこの曲を歌うことで、30年以上の時間が一本の線で結ばれていく。そういう意味での衝撃を感じてしまうかもしれませんね。
中村さんには、大きなアーチストになっていただきたいと思いますね。
(写真はMSNフォトギャラリーから)