沢尻エリカ的「不機嫌さ」の本質について考える | 考える道具を考える

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 どうでもいいのだが‥‥日本人は、「お客様は神様です」というフレーズが好きである。

 だから人気商売、サービス業は、たとえ身内に不幸があった時ですら、お客様の前に立ったら「上機嫌」でいなければならないという絶対的な大衆の価値観を持っている、ようだ。そのような態度をとれる人が、日本人的「プロ」であり、大衆から高く評価される。「あの人は立派だ!」

 その反対の態度をとると、マスコミが突然モラルの代表になり、その態度の悪さを煽り、そのマスコミの記事を、大半の国民は鵜呑みにする。

 ‥‥

 沢尻エリカさんという女優さんの、舞台挨拶での態度が、「不機嫌そのもの」で、批判が続出されているらしい。そういう私も芸能ニュースを見て、こういう事実を知っているわけだが‥。

 で、この若い女優さんのドラマを見たこともない自分でいうのも何ではあるが、久々に、今は農業人となっている 桃井かおりさん の再来と心の底では大いに喜んでいる。(だから、沢尻さんは涙を見せてはいけない)

 女優という仕事は人気商売とは異なる、と私は頑なに信じている。その人となりが誠実であるとか、明るいとか、不機嫌であるとか、傲慢であるとか‥そんなことは、どうでもいい。作品に登場して、その作品で勝負ができていればいいのだ。

 美味しいお菓子を作る職人さんが、お菓子が美味いということ以外で評価されることはない。お菓子を作るプロセスを評価するかしないかは、その企業の中だけの話であり、お客様には関係ない。美味しければお金を出して購入するし、不味ければ買わないだけだ。

 俳優や女優の仕事は、いい作品と出会い、その中で自分が表現できればいい。監督の演出意図を再現できる俳優が、良い俳優なのだ。だから、勝負する舞台以外で、勝負する必要性はないと私は考える。(舞台挨拶という場は、公私の境界線ではあるが‥)

 とはいえ沢尻さんという女優さんは、不機嫌さを売り物にするわけではないようだ。オジサン趣味で、公式ホームページを見たら、実に可愛らしい少女の写真が掲載されている。この少女が、妙に挑戦的な眉を自分の顔に描いて、「何かに必死に抵抗している」ように見えるのは、読みすぎだろうか? (あるいは、これが今の流行?)

 この作品はどんな映画? というインタビューに、「普通です」と答える感性は、意外性があってポテンシャルが高い女優さんだと、私は思うのですが、‥‥いかがですか?