そういうことで、今週は、やたらと「マインドマップ」に関することを書いてきてしまいました。
マインドマップを実践する人を、マインドマッパーと呼ぶ‥そんなことを何かの記事で読んだことがあります。(いつからなんだろう?)
マインドマップ的メモ術が身についてしまうと、どこに行くにも、マインドマップノートを持ち歩くようになる。私も最初は、無印良品の文庫版ノートを持って街を歩いていた。街の片隅にある昔乍らの喫茶店に入って、静かにドリップ式の珈琲を味わっているときに、そのソートを広げて町の様子をマップに展開したりした。
その後、文庫版では、イメージが小さすぎるかな? と思うようになり、同じ無印良品の単行本型ノートを持ち歩くようになったが、これはちょいと重かった。
そして今では、スケッチブックを持っている。あの学校の授業で使っていた「黒と黄色が乱れた格子状にデザインされているオーソドックスな表紙」のヤツですね。会議をやるときには、おもむろにスケッチブックを開く。相手は大概びっくりするが、ちゃかちゃかマップを書いている姿を見て、ある人は興味深く「それ何?」と問うてくるし、ある人は「それ知ってる!」と喜ぶし、また他の人は横目で見ながら「コメントなし」の状態が続く。
スケッチブックを活用するようになって、言葉のイメージで展開しつつ、相手の似顔絵を描いたりすることができるのも良いと知った時は、アハ体験でしたが‥だって、スケッチブックなんだからね‥絵ばかりだと、後で困ることも体験した。
‥‥
マインドマッパーとしての生活で、今一番感じていることは、スケッチブックに描いているその絵が、自分で見ている対象の客観的姿と余りにも違っていることでしょうか? 単に、私が絵を描くことが下手なだけなのですが、自分で見ている「客観世界」を、自分の認識で再現することの難しさを感じているのですね。
きっと、言葉でそれを書き切っていくのは、もっと難しい。だから、私が話していることは、相手は、その3%程度しか理解していない‥‥というメラビアンの法則は当たっているのだろうと思っています。
だから、もっともっと、書き続けなければいけないと‥‥そんな風に思っています。