煙草の煙  | 考える道具を考える

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The instrument which I think

煙草
 私は愛煙家です。

 二十歳の頃より、こよなく煙草を愛し、煙草と共に生きてきました。

 青い煙は、一瞬の「ぽっかりした時間」を、私の内的空間の中に漂わせ、その微かな香りの演出を、今も、密かに楽しんでいます。

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 若いころは、缶入りピースの両切りの煙草は、気取ったデカダンスの小道具として有効だったし、中年になってからは、パイプに凝ったりもしましたね。

 珈琲と煙草。この二文字は、漢字で書かなければ意味がない…と今でも、そう思っています。

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 そして現代。こんな小さな趣味の空間は、自分の書斎以外では楽しめなくなり、道端でも、オフィスの中でも、郊外の喫茶店でも、どごも喫煙空間は失われていきました。

 確かに、嫌煙家にはいい迷惑でしょね。

 そして、ふと、オジさんになった自分の内面に問いかけている自分にはっとします。

 煙草って…体に悪いかもな……。