学校教育の混迷 「武道」を必須科目にしようとする動きについて考える | 考える道具を考える

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 学校教育の指針の変遷を見ていると、その時代の社会の動きや人間の心理がよく分かる。歴史教科書の問題が取り上げられるのも、歴史認識に対する現在の日本の基本的姿勢が現れるからでしょう。

 今、学校教育の教科の中に、「武道」を必須科目として位置づけようとする気運が高まっているという。武道というからには、柔道、剣道、空手道、相撲などが含まれるのだそうだ。

 私は個人的には、こうしたスポーツは大好きだ。特に、武道が持つスポーツとしての技術だけでなく、日本が歴史的に育んできた「謙譲」の心が大好きだからだ。「礼」を以って試合がはじまり、礼を以って終わる。戦う相手に謙譲の心を持ち、人間性を鍛えるという考え方に反対はない。

 しかし、現代の学校教育で、教える側‥‥つまり、教師にこうした心を伝えることができる人がどれだけいるのか、こちらのほうが不安だ。文武両道を正しく教えるには、社会が目指していく規範がなければならないが、そもそも、そのあたりがどうも怪しい時代において、一貫した教育姿勢と武道の精神が合致するかどうか‥。

 教育を考える場合に、最も基本となるのは、「教える側の心の教育」が重要なのはいうまでもないでしょうね。その問題解決なくして、学校教育に「武道」を必須化することの不安はぬぐえないと思うのですが、いかがでしょうか?