規範と自由 作家 小田実氏の逝去を悼む | 考える道具を考える

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 べ平連(ベトナムに平和を市民連合)‥‥という言葉は、作家 小田実氏と同義語だった。

 1970年代の若者達の「改革」への波動は、ある意味多くの知識人達からのメッセージに敏感に反応していた。戦争に反対し、「自由」を求めるその思想的な先導者としての役割を、作家 小田実氏は担っていた。

 その小田実氏が、逝った。

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 団塊の世代が学生だった頃、社会は学生達の手によって大きな変革の可能性の幻想に酔っていた。それは、日本国内だけでなく、世界的な現象だった。過激な道に進む集団もあれば、平和の訴えを静かに行う集団もあった。

 こうした行動を思想的心情的に支えた小田実氏の発言は、時代の中に根強く残っていた日本的「規範」からの脱出というメッセージと重なり、戦争反対の態度を取ることによって、自己のアイデンティティを確立していくことに手ごたえを感じさせてくれていた。その分かりやすい行動原理に、当時の学生達の感性は共感した。

 そして、私達は、一瞬、「自由」を手にしたように思えた。

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 21世紀になって、時代は変わった。ベトナムは見事に経済成長を遂げ、アジアの新しい顔にさえなろうとしている。反対に、団塊の世代は、徐々に企業社会の中からリタイアしはじめ、既に、何かを変革しようとする意識はほとんどない。ほんの僅かな小田実の幻影を抱えながら、しかし、自分の老後の満足のために、温泉やグルメや過去のリバイバル音楽に興味を示しているだけだ。

 そのな中の小田実氏の逝去は、一つの時代の終わり、次の世代へのバトンタッチを象徴しているように思えた。私は、小さな衝撃を感じ続けている。

 ご冥福を祈ります。