人が仕事を離れる時の理由‥仕事・人間関係・給与 | 考える道具を考える

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 たまには仕事のことを書いてみよう。

 昨日、一人の社員が退職した。雇う側の私は、その社員と話し合いをした。

 私は、自分が仕事を選択する時は、自分の希望の職業を明確に意識して選ぶことは少ないと思っている。明確な目的を持って、その世界に入りたいというより、どちらかといえば、いくつかの候補の職業や会社を、消去法で落としていった結果、今の仕事についているという方が多いのではないかと思っている。

 しかし、その仕事をやめる時の理由は、明確だ。それは三つ。その仕事そのものに合わない、職場の人間関係がうまく行かない、収入に不満である、この三つですね。

 ‥‥

 そして、自己努力の中で、これらの辞める理由が克服できれば、それは継続する理由になる。でも、これらの理由が克服できなければ、離職するしかない。

 昨日の彼は、この中の「仕事そのもの」が大きな理由だった。「実績が上がらない。」という事実もあった。そのことに関する理由が、殆ど、他者や会社のシステムそのものに問題があるという認識だった。また、実績を出すために、自分は死ぬほど努力しているということも主張していた。

 仕事は一人ではやっていない。一つの仕事を完成させるためには、その前後に多くの人間の努力と責任がある。自分の工程の仕事がうまくいかないのを、この前後の人間の仕事の仕方に問題があると考え出すと、毎日がとても窮屈になりますね。

 様々な問題点、自分の目指す方向性、夢や期待‥色々話を聞いていくうちに、だんだん本音が出てきます。昨日の話し合いも、ある意味、自己を客観視して要因分析をしていきながら話を進めていったのですが、最後に彼はこういう言葉を発したのですね。

 「やってらんないよ!」

 その言葉が出たところで、私は彼の退職を受け入れました。自分が頑張っているのは分かるけど、どのように頑張っているのかが不明瞭。様々な選択をしなければならない時、その要因を極力合理的というか、論理的に分析していくことが大切ですね。極力自分の感情を抑えて、です。

 そうすると自分の中では、合理的な要因が、自分の中から発生していることに気づいていきます。そして、この気づきは、だからもっと頑張るという方向と、それを認めたくないから辞めるという方向の二者択一を迫ることになります。

 結果的に退職することでこの話は終わったのですが、果たして、私の話し方は、その人のためになったのか‥‥。

 ‥‥人は論理で理解するが、感情で行動する。

 ‥‥こんな言葉が、頭の中に繰り返されていたのも事実です。