
30代のころ、私は、ある小劇団に参加していた。
アンダーグランド劇団の波が去って、芝居の好きな若者達も、30代の声を聞きはじめた頃ですね。「もう自分も若くはないな‥。そろそろ方向を決めないと‥。」などと思いながら、芝居の魅力を断ち切れない人々がたむろしていたといったほうが正確かもしれません。
とはいえ、一旦はじめると、芝居づくりは、とても楽しい。脚本家の卵、役者の卵、演出家の卵、照明の卵、舞台監督の卵などが、一堂に会して、一つの芝居を作り上げていく‥。
世界のニナガワさんなどのよう、カリスマが演出する舞台は、その演出家の腕次第で舞台の色は決定する。勿論役者の能力も十分に大切だが、やはり舞台は演出家だと思いますね。
‥‥
ところが、小劇団は、ある意味、そうしたカリスマは不在。そうすると、仕上がるまでの道のりは、紆余曲折。様々な意見が噴出して、一つの方向に行かない場合も多かったと記憶しています。
喧々諤々‥それでも、芝居の幕は開きます。そして、小さな客席に、観客が集まってきて、芝居が始まる前の薄暗い客席を、舞台の裏側から見る瞬間が好きでしたね。
芝居でも、音楽会でも、舞台は客席から見るだけでなく、裏(舞台のソデなどという言い方もありますが‥)からみると、客席は、私にとって、未知の「海」のようにさざめいて見えていたのを思い出します。演出家が舞台づくりに、客席も巻き込んで創ることがよくありますが、その気持ちは良く分かります。
そして、客席という「海」の向こうから、どのような息づかいが聴こえてくるのか‥。
静謐なる海‥‥新しい何かとの出会い‥‥。
‥‥
それから何年過ぎたでしょうか‥。現在は、もっぱら、一人の舞台好きなオジサンになって、純粋に芝居を楽しんでいますが、客席に自分が坐って、まもなく幕が開くという瞬間は、今でも、何故か、どきどきするのですね。きっと、これから登場する出演者の皆さんは、昔の私と同じように、その瞬間を楽しんでいるのだろうな‥などと思うからでしょうか?